第二章 ツギハギ(21)

 


 いかに……。

 


 三番組組長、斎藤一は悩んでいた。一人勝手場に立ち、味噌篦(へら)を片手に鍋の前で佇んでいる。


 彼は今週、幹部達の食事当番として担当を担っていた。新選組では幹部と平隊士で食事当番を設け、交代でそれぞれの食事を準備していることが日常であるため、悩むはずのものではないのであるが、彼は悩んでいた。



 それは今日に始まったことではない。食事当番という制度が新選組内で設けられ、その担当にあたった一度目の後から常に悩んでいる。


 平隊士のところとは違い、幹部の食事は十数人程度の準備で済むため、食事に必要な調理量は知れていた。それを思えば手間もそう負担ではない。


 だが斎藤は、この当番が回ってくると常に悩んだ。いや、回ってこずとも物思いに耽り、内心では僅かに怯えもした。


 それは調理の際の量の問題でもなく、仕事の傍らで当番に宛がう時間がないということでもない。


 単純に味付けが上手くできないのである。


 何度やっても上手くできなかった。


 味どころか米すらもそれなりに炊くことができない。


 今日の朝餉も斉藤が神経を磨りに磨り減らし作ったのであるが、

「米は炊いたのか。」と、彼的には心なく思える一言を浴びせられる始末である。



 誰もすこぶる上手い飯などは期待していない。


 それは斎藤に対してだけでなく、誰に対しても同じ事であった。


 所詮、田舎道場で剣術だの喧嘩だの女だのと、己の求めるものに夢中でしかない者達には、新妻が作るほどの食事も用意できないのだから当然のことである。


 だが、それでも繰り返せば皆それなりの出来にはなった。上手いと言うことはできないが、この程度なら食べられる、そう思える腕前ほどには成長するのであるが、どうにも斎藤だけ一向にその域に達することが出来ない。


 本人もそうであるが、幹部の多くが頭を抱えていた。だからといって、斎藤だけ当番から外すのも忍びなかった。


 彼は一生懸命であったのに加え、頑固な一面も抱えていたためである。


 誰かが気を遣って斎藤に当番を宛がわなくなれば、猛烈に抗議に向かっていたことであろう。


 そんな斎藤の真面目さ故に面倒な部分も、旧知の仲間はよく知っていたため、あえて何も言わずにいた。


 その都度の飯に対する悪態を除いては。

 



 こうして斎藤は、いつもながらに困っていた。



 今は夕餉に出す味噌汁を作ろうとしている。


 具材は切りに切り刻んだ。


 刀を扱うこともあってか、切ることは好きなため、一度何かを切り始めると自分でも腕を止めることが出来なかった。


 その結果、見事なまでに小さなさいの目状の野菜達が水に浮かんだり沈んだりしている。

 


 この辺りまでは良いのである。


 

 本人的には、間違ってはいない。


 他の者から言わせると、ただでさえ一品一品が少ないため、腹の足しを感じる程度の大きさにはして欲しいところであるが、頑固な斎藤の腕はみじん切りを譲ろうとはしなかった。


 あれもこれも食材として使うもの全てを、小指の爪にも満たないさいの目型に切り刻んでしまうのである。




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