第二章 ツギハギ(19)
「早くお食べにならないと部屋からは出られませんよ。」
はっきり述べると不味い朝餉を静代は、小言と入れ違いに口へ運んでいる。
それに対して鈴音は全く食が進んでいなかった。進んでいないどころか箸すら握ろうとせず胡座をかいては頬杖をつき、鬱陶しそうに肩をすくめて溜息をつく。
沖田はそんな二人を交互に見比べながら箸を動かしていた。
美味しくはない飯ではあるが、それしかないのだ。
我が儘を言ってはいられないのであるが、口に広がる味を思えば進む箸の速度も自然と落ちていく。
だが、不思議なことに先ほど広間にいた時よりかは、思うように箸が動く気がした。
「本当に食べ終わるまで部屋からは出しませんからね。」
「んなことしてたら、またあいつに怒鳴られちまうじゃねぇか。」
「だったら早く食べて行けば良いだけのことです。
私の言うことを聞かないのだから、土方殿にどやされて辟易してしまったら良いのですよ貴方様なんて。」
食膳に戻された茶碗が身を震わせる。
何度目かの溜息の後、鈴音は渋々箸を手に取り空いた手で茶碗を持ち上げた。
想像とは違って綺麗な箸の持ち方だと、沖田は食事をしながら、その手を盗み見る。
「食ったって意味なんかねぇってのに。」
汁を啜る音に鈴音のぼやきが交じる。
手拭いで口元を拭いながら向けられた静代の顔は、むすっとふて腐れたような面持ちであった。一見すると気付かぬ程度ではあるが、先ほどより眉根が寄せられているように思える。
鈴音の一言が余計気に触れたのかもしれない。
後の天才剣士は幼いながらも、その場の空気をよく読み取ることが出来た。それが天賦の才であるのか、後天的な才であるのか。知り得る者はこの世にはいない。
ただ後者が欠ければ才を持ち得ていても、それが今のように発揮されることはなかったのではないか。
幼い剣士の思考は今回だけに限らず、いかなる状態にあっても、その結果に至ることができてはいなかった。
「そういう問題ではございません。
人間らしく営みを大切にして欲しいと申しているのです。」
低い声に微量の怒気が滲む。
「人間らしくも何もそれをする必要がねぇんだから、無理に食うことなんかねぇだろ。
味なんかしねぇんだから何食ったって同じだし、そもそも食わなくても死にゃしねぇんだから。」
ひょうひょうとした鈴音の態度が、静代の怒りを暴発させる。
「っ……。
そんなの関係ございませんでしょうっ。
人なんだから、人らしく過ごしなさいませっ。」
静代が立ち上がるのと同時に、手元から手拭いが投げつけられる。
軽い布とは思えないほどの勢いをつけた手拭いは、嫌々箸を前後させている鈴音の頭に叩きつけられた。
膳に箸が放り出される。
「また、これかよ。
お前、本当にいい加減にしろよ。
手拭いを投げつけてくんじゃねぇよ。
しかもこれ、こないだ投げつけてきたやつと同じじゃねぇか。」
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