第二章 ツギハギ(18)

 お世辞にも美味しいとは言えない朝餉と、それを抱えた茶碗達が、小さな体に合わせて動く。


 椀が身を寄せ合い離れる度に、かちゃかちゃと規則的な音が鳴る。

そんな音をぼうっと聞きながら沖田は部屋に向かっていた。



 広間にいるのが嫌だった訳ではない。



 沖田は先ほどのことを思い出す。


 誰かと共にいることが嫌なことはないが、ただ自分の存在のせいで、あの場所の空気が重くなった。


 そんな気がしたため、申し訳なく思い席を立ったのだ。



 どんよりとしたあの場所の空気を背負ってきてしまったのかもしれない。



 食事に向かうときよりも、気怠さを感じる気がする。



 肩に手をかけているよどみとともに廊下を曲がろうとした時、聞き覚えのある声が鼓膜を撫でた。


 はっと顔を上げると、角部屋の縁で二人の人影が騒いでいる。


 一人は見覚えがあった。懐の石の感覚が思い出される。


 足が自然とそちらへ向いた。


 年相応の気持ちが、幼い足をどんどん動かしていく。


 素直に体が動いたのは、久しぶりのことであった。


 見たことのない一人が顔を向けてくる。それに続いて知った顔もこちらを向く。


 男の装いではあるが、女のような顔だった。


 自由に体を委ねた少年は、相手に手の届く範囲で足を止める。


 これも自分の意思というよりは、自然に任せた動きであった。



「あれ、鈴音様、この子は……。


さとりの子ですか。」



 部屋の奥から縁へ身を乗り出すようにしている女の口から、少し低い声が聞こえた。



「あぁ。」



 耳に残る触りの良い声が、鈴音から発せられる。



 沖田は綺麗な声だと思った。



「どうしたのですか。」



 さらに身を乗り出した女が沖田を見上げる。



「おい、静代。


あんま出てくんなよ。


そんな格好で部屋から出てるのが知れたら、またあたいが怒鳴られんだろ。」



 鈴音は立ち上がると、静代を部屋の中に押し戻す。


 痛い痛いとはしゃぐように部屋に戻されていく女と、それを押しこんでいく鈴音。


 そんな様子を見つめていると、部屋から伸ばされた色白の手が障子戸を掴む。



 あぁ、閉められる。



 寂しさの匂いが鼻をくすぐるとき、鈴音の顔がにょきっと覗く。



「おい、クソガキ。


迷子か、それとも入んのか。」



 汚い言葉など気にならなかった。



 ただその声が自分に向けられていること。


 

 この存在を意識されていたこと。



 足が部屋の中に向って動き出すには、十分すぎる理由であった。


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