第二章 ツギハギ(17)
「さとりはまだ見つからないのか。」
「近藤さん……。
昨日の今日だ。
んなすぐには出てこないんじゃねぇか、さすがに。」
苦笑いの土方は茶色い飯を口に含む。炊きが甘かったのか、噛み砕くと粉っぽい味がした。
従来からそんなことを気にしない近藤は、早くさとりを見つけねばと、独り言を繰り返しながら硬い飯を頬張っている。
ろくに噛んでいないのだろう。
茶碗の飯は一気に消えた。
「近藤さんは食うのが早ぇから尊敬するぜ。
やっぱ男は、朝の支度もさっさと済ませた方が格好良いよな。」
永倉は鼻息を荒くさせ、炊いたことすら怪しまれるような飯を一気に口にかけこみ、むせた。
なんら変わらぬ、新選組幹部と組長達の朝餉の場であったが、いつもと違い、一番組の組長が座る場所では小さな童が食事をしている。
童化した天才剣士は敷かれた座布団にきちんと足を折り畳み、行儀良く座って朝餉を取っている。
青年の時のように話しの間合いに軽口を挟むこともなく、ただ聞かれたことだけに返事をし、それ以外は口を開こうとはしない。
「昔みたいだなぁ。」
そんな沖田の様子を目を細めて見つめていた六番組組長の井上源三郎が、ぼつりと呟く。
「昔。」
隣に座る八番組組長の原田が首を傾げ、椀の汁をすすった。
「あぁ、そうか。
近藤局長と、土方さん以外はあの頃の総司を知らないんだったな。」
「え、昔、総司ってこんなんだったのか。」
飯粒を飛び散らかしながら、永倉が沖田を指差した。
小さな肩がびくっと震える。
「永倉さん、沖田君が驚いているじゃないか。
それに人に指を指すものじゃないよ。
それはいけない。」
山南が永倉を窘め、そんな様子を横目に見ていた井上は、開きかけた口を塞ぐように茶を啜る。出涸らしとして使用した回数を問いたくなるような薄い茶が、喉を下っていく。
「え、総司が何だって、井上さん。」
話しの続きを待つが一向に湯飲みで塞がれたままの口に、永倉が飯粒とともに不服を投げ飛ばす。
前のめりになった肩を原田に引き戻された永倉が、抗議を示そうとした際、ようやく井上の口が閉ざされた理由を悟る。
まだ多く残された食膳を虚ろに見つめる沖田の姿が、永倉に冷静さを呼び戻していく。
この場でする話しではないのかもしれない。
ガム新は食事を再開させる。
それはいつもより口数もなく、静かな食事であった。
盛り上げ役とも呼べる永倉がその調子であるから、広間の空気もどことなく重くなる。
口に含んだ物を噛みしめる音と、それを飲み込む音の中に、かちゃっと、鈍い食器の音が際立つ。
音の方へ顔を揃えてやると、沖田が食膳を持ち立ち上がっていた。
「どうした、総司。」
近藤が箸を止め、傷つきやすい少年を気遣う。
「部屋で食べます。」
「ん、ここにいて食べて良いんだぞ。
お前はいつもその場所で飯を食ってるんだから。
遠慮する必要はないんだ。
おかわりだってしても良いんだからな。」
「無理です。」
すかさず発せられた斉藤の言葉に近藤が首を傾げていると、本人が補足を行う。
「おかわりは無理です。
一人一杯が限界です。
ただでさえ二人、数が増えているんですから。」
なんとも言えないみすぼらしい気分が、その場の大人の胸を掠めていく。
「……すまない、総司。
おかわりは駄目だそうだ……。」
沖田は返事の代わりに頭を軽く下げた。
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