第二章 ツギハギ(11)
「あれ……。」
さとりは、垣間見える鈴音の隙に入り込む。
「あ~分かったよ。
貴方は、他人に弱いんだねぇ~。」
上段に構えたままの女の右足が一歩、後退する。
「もっと見たいな。
どうして、そんな不思議な感じなの……っ。」
もう少し。
ほんのあと少しのところで靄の晴れ間に辿り着けたというのに。
さとりは剣戟をかわしにかわす。
避けても避けても矢継ぎ早に振り下ろされてくる刀に汗が浮かぶ。
このままでは……。
さとりは右手を構え、笛を口に触れさせる。
鈴の響きと柔らかな笛の音が重なり合い、
心地の良い音色が空間を包み込むが、それを子供達以外が耳にすることはできない。
鈴音が繰り返し一刀を振り切るが、紙一重でさとりはかわす。笛が触れている唇が薄く笑んでいるのが分かる。
「鈴音さんっ。」
近藤の呼び掛けに後ろを向くと、子供達が喉元を抑え苦しそうに悶えていた。
そのまま突っ切れば良い。
所詮は人の心を覚り惑わす程度のことしかできない妖怪。力はそう強くないのだ。
このまま押せば、さとりには勝てる。
だが思考はそうであっても、子供達と自身を心配そうに交互に見やる近藤に目が向く。大の男の、それも大将と呼ばれているような男の顔ではない。
心配という文字で顔を作ったような面持ちで、苦しむ者の背をさすっている。
「チッ。」
舌を打つ。
馴れ合うとこうなってしまう。嫌いじゃないが重荷だ。
羽織る袢纏が肩から心を蝕む呪具に思えた。
あんな顔を見せられたら無視はできない。仲間でも何でも無いが、たった一枚の袢纏と火鉢が鈴音の動きを封じてしまう。
そんな呪いを、はね除けられない自身に苛立ちながら、空気を欲する青ざめた顔の子供達へ、祓いの呪文を素早く唱える。
呻きに包まれていた空間が静寂をなす。近藤の顔から安堵が滲みでた。
しかし、思ったよりも簡単に苦しみから解放された子供達の様子に、鈴音の胸はざわつく。
そうなることは頭では分かっていた。
結果的に優先すべきは、目の前のさとりから笛を取ることだと。
苦しみを与えることはできても、あの妖怪と笛に、遠隔で人を殺めることができないことも、長年の感覚と放たれている霊気から知り得ていた。
なのに……。
眼前のさとりに向き直る。
壬生寺の本堂が隅々まで見渡せた。
さとりの影一つも残らぬそこは、来たときと何も変わらない景色を見せている。
たかが袢纏一枚に応えようとしてしまうなんて。いつの時代の生き方なんだろうか。
鈴音は肩をすくめ、納刀しながら振り返る。
変わったような気もしたけど、あたいは何も変わってなかったよ。
お前がいなくなって人とは関わらないようにしてきたから、分かりにくかったけど。
お前が好きだっていってくれたところは見えにくくなっていても、やっぱりこのままなんだな。
そりゃそうか。
この生き方があたいなんだから、変わるはずもねぇわな。
良かったよ。
お前が惚れてくれた、あたいが消えちまってなくて。
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