第二章 ツギハギ(6)

 まばらに雪模様をつけた傘が、横並びに三つ動いている。

少しの振動が飾られた雪を落とすが、あとからあとから彩ってくるため白い模様が

絶えることはない。



「やはり足先まで凍えてくるなぁ。」



 近藤は袖で手をくるむようにして傘を持ち直す。

一枚布を隔てるだけでかじかむ手に変化がある訳ではないが、気持ちの問題であった。



「なぁ、これ羽織れよ。

あたいは本当に大丈夫だから。」



 白い肌を赤くした鈴音は傘を器用に肩にかけながら羽織を脱ごうとするが、

手で制される。



「いやいやいやいや、何のこれしき。

この程度の寒さ、武士ならば堪えられて当然のこと。

大丈夫だ。」



「大丈夫に見えねぇんだけど……。

なぁ、風邪引いちまうぞ。」



「はははははははっ。

実はな、これは自慢なんだが俺は風邪を引いたことがないんだ。

百姓生まれで、田を耕してきたこともあってか、体が丈夫なのかもしれんな。」



 豪快に笑ってみせる近藤は、体を震わせた。


 室内では火鉢の側であったこともあり、近藤の優しさを肩に受け取ったが、

今度はそうもいかない。


 降りしきる雪が空から沈んできては着物や足袋を濡らし、凍らせていくのだ。

室内の寒さと比べるまでもない。


 寒さが曖昧にしか肌に伝わらない鈴音は、袢纏を返そうと試みるが、

近藤は頑として受け取ろうとしなかった。


 困ってしまった彼女は、頑固者の左隣りを歩く、もう一つの傘に視線を向ける。


 蛇の目が少し傾き覗いた面持ちは、白い紙吹雪を背景にする歌舞伎役者のそれに見えるほど美しいものであった。

 切れ長の目は鈴音に向けてわずかにたゆみ、首が横に振られたため、

顔は正面に戻したが下がった眉毛は困ったままであった。



「そういえば、近藤さん。

あんた、その袢纏、自分で繕ったのか。」



「あぁ、これはだな、総司が繕ってくれたんだ。

褞袍を手に入れたから綿を分けてくれると言ってな。

総司は優しい子だから。」



「あいつが優しいのは、あんたにだけだよ。

ったく、人がくれてやった褞袍をばらしやがって、しょうのねぇ野郎だ。」



 言葉とは裏腹に、土方の口元は穏やかな弛みを描く。


 日頃の厳しい顔とは異なる柔らかな表情に、鈴音は視線を向ける。


 淡い白がその身をほどき、番傘から流れて落ちた。


 楽しげな会話が横で広がっていく中、端正な顔から視線を足下に落とす。


 上を歩けばその形に成りを変える雪達が土にまみれ、何かの汚れに身を隠すように薄黒くなっている。


 そんな色味に染まっても、純白の清さは光を忘れてはいないのか。


 わずかながらにでも、光を受け輝いて見える。


 いつかそんな雪に似ていると言われたことがあった。


 鈴音は番傘をくるりくるりと回す。



 ごそごそっ、ぴちゃっ、ぴちゃっ。



 雪が跳ね飛ぶ。



 何でこれに似てると言ってたんだか。



 自分ではしっくりこなかったせいもあり、理由を忘れてしまった。思い出そうとするが、肝心なところが吹雪の向こうにあり、覗き見ようにも曖昧な白が邪魔をして目にすることができない。



 でも……。



 顔を上げると、落ちていく雪と視線が交じる。



 何故かは分からないが、雪に似てると思う奴がいたよ。



 お前に聞いて欲しいのにな。



 ふと、静かだなと気づき、顔を横に向ける。


 水滴混じりの雪を顔に貼り付け苦笑いの近藤と、

眉が引っ付き合ってしまいそうなほど寄せられた怒り顔の土方が、こちらを見つめていた。



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