第二章 ツギハギ(7)
げっ……。
やってしまった。
これは大目玉を食らうが言い訳しようもない。できることは、素直に謝っておくこと。
「あ、あのよ……。
うっかりしちまった……。
わ……。」
「近藤さぁぁぁぁんっ。」
三つの頭が揃って声の方に動く。
「あ、総司じゃないか。」
壬生寺の前を歩く三人を、正確には近藤しか目には入っていなかったが、
その姿を見つけ呼び止めてきたのだ。
足下にまとわりついている子供達とそろいの鼻先になっている沖田に、近藤は慌てる。
「駄目じゃないか。
そんな薄着で外なんかに出たら。
具合が悪いんだから、部屋で大人しくしていないと、余計に悪くなってしまうだろ。」
「平気ですよ。
私はまだまだ若いですから、土方さんよりもうんと。」
「やかましいんだよ。
部屋から出るなって言っただろうが。
なんで出てきてやがる。」
「なんでって……。
誰も遊んでくれないからに決まってます。
退屈じゃありませんか、部屋に一人で籠もるなんて。」
「ガキ臭いこと言ってんじゃねぇよ。
だから部屋に閉じ込められてんのが、分からねぇのか。
自分の体調管理もできねぇ奴の大丈夫なんざ、信じられる訳ねぇだろう。」
「でも、外に遊びに出られるように、この褞袍、私にくれたんでしょう。」
近づいてくる三人に、褞袍の袖を掴んでひらひら揺さぶり見せる。
見覚えのある袢纏を、近藤以外の誰かが着ていることに胸がぎゅっと痛む。
それもよりによって気に入らない者の肩にかかっていることが、
ビリビリとした苛立ちすらも感じさせる。
だからと言って、近藤の前でそれを見せる訳にはいかない。
近藤の前では良い子にしていなければ、捨てられるかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。
青年は鈴音に向けて頬笑む。
「鈴音さんも、ご一緒で。
こんにちは。」
腰に下げられず、左手に握られている刀に一瞬視線が奪われる。
鈴がぶら下げられた刀。
一ヶ月前、橋の魔を退治する様子から確かな剣の腕を感じた。それは、作法も型も知らない剣ではあるが、数多くの修羅場をくぐり実戦で培われてきた、確固たる腕。
見せかけだけではない剣筋に、手合わせを願いたい。負ける気はさらさらない。
そんな心はあるものの、何よりも気に入らないという気持ちが大部分を占めていた。
沖田の笑みを、鈴音は表情を変えずに受け止める。
空気の微細で分かった。
あぁ、あたいが気に入らないんだな。
好意の御簾に隠れた瞳の奥は、何も笑ってなどいない。
チリン。
握り直した刀の鈴が威嚇する。
「近藤さん達はどこへ行くのですか。
私も一緒に行きたいです。」
返されない挨拶を待つこともなく、沖田は近藤にねだる。
「連れていくはずねぇだろう。
てめぇは部屋に戻ってろ。」
「別に土方さんにはお願いしてませんよ。」
「なんだと。」
「私は近藤さんに話しかけてるんですから。
でしゃばってこないでください。
土方さんの出る幕なんて開いていませんから。」
震える土方の肩に、分厚く引き締まった手が乗せられる。
「ト、トシ……。
落ち着いてくれ。
子供達が怖がっているぞ。」
般若の形相を怖れた幾つかの青ざめた顔が、沖田の足下で縮こまっている。
それを目にしたからといって怒りの面が外れることはないが、
ただこみあげてくる怒声だけは、腹の底に仕舞うことにした。
「総司、具合が悪いのに無茶をして悪化したらどうするんだ。
俺もトシも、お前が心配だから休んでおくように言ってるんだぞ。」
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