第二章 ツギハギ(5)

 新選組が屯所とした八木・前川邸のすぐ近くにある壬生寺は、その距離や境内の広さから新選組隊士達が好んで出入りをしている。


 血気盛んな武士の剣術稽古には都合が良く、隊士が増え手狭に感じてしまう屯所以外に、金のかからない有り難い居場所でもあった。


 そんな壬生寺で若き天才剣士は、賽銭箱に続く境内の段差に腰を掛けている。

広々とする敷地の中には雪のせいもあり人の姿はない。


 代わりに大量の鳩だけが、その羽を休めていた。



 「つまらない。」



 力のない言葉が吐き出された。


 無表情に鳩を眺めるその瞳には、諦めに似た冷めた色味が宿っている。


 空に投げられた言葉の抜け殻は、嘴で砂利を漁る小さな生き物にさえ、拾われることがなかった。


 屯所内で手頃な遊び相手が見つからず、手持ち無沙汰からの「つまらない。」という意味。


それがないこともない。


 あるにはあるが、それだけで沖田の気持ちを表すには足りなかった。


 何故なら、退屈という意味合い以上に、「気にくわない。」という気持ちの方が大きくある「つまらない。」の方が正しかったからだ。


 随一の剣術と謳われる若い青年は、何が気に入らないのか。


 その原因は小姓だった。


 先月頃にひょっこっり新選組に入り込み、特別な力で新選組に与えられた密命を手助けする女。


 小姓という役職をあてがわれはしたが、体面上での役職でしかない女。


 どんなに讃えられても、役職も金もねだらなければ、その鼻を得意げに伸ばすこともない女。


 沖田はそんな女、鈴音が気に入らなく思えた。


 理由は単純である。


 近藤がやたらと鈴音を褒める、ただそれだけのことであった。彼女本人がその場にいてもいなくても、何かにつけて鈴音の性格を引き合いに出し賞賛する。

その度に蒼い心はちくりと痛み、重みを抱えた。



 近藤の心が自分から離れていく。



 もう自分には興味などなくなってしまったのではないだろうか。



 役に立たない、いらなくなったら捨てられる。



 不安がかすめる程に、鈴音が邪魔に思えた。


 上手く算段を練りここから追い出す。もしくは斬り殺す。そんな考えが浮かぶが、それは許されない。


 近藤が協力を求めた相手だ。自分もそれに従わなければならない。

それをしないということは、大事な近藤を裏切るのと同じ事である。


 だから沖田は我慢をしていた。平然を装い過ごしているが、

鈴音の名前が出ると体中がざわついた。



 最近では幼い自分を一人置いていった姉の顔が思い出される。



 夢にまで出てくるようになったその顔は、自分を捨てていった女の顔である。



 会いにきて欲しいと心底願っても会いにはこなかった顔である。



 見たいときに見られなかった顔が、今頃になって姿を見せる。



 こんなに毎日くさくさとしたのは久々のことであった。



 そのきっかけとなった鈴音が、つまらなくて仕方が無い。


 段差にだらけさせていた背を立て直す。乾いた咳が漏れた。


 一度では治まらず咳き込むと、唯一の参拝者達も空に飛び上がってしまう。

 静まり返った境内は、沖田が来たときよりも白く染まっていた。


 呼吸すらも色付けてしまう寒さに、沖田は褞袍の胸元を合わせる。


 先日、土方に貰った褞袍は、その時に比べると薄くなっていた。暇があれば羽織っているせいもあるが、中の綿を半分抜いたことが一番影響している。


 綿を減らしたのは、褞袍が分厚すぎたからではない。


 近藤にも温かいものを着て欲しいと思ったためである。雪よりもくすんだ白の塊をかき出すと、近藤の袢纏に詰め、慣れない縫い物をした。


 近藤は受け取ると嬉しそうに腕を通す。


 土方の褞袍は綿が半分になったが、その温かさは変わらないように思えた。


 それでも今日を寒く感じてしまうのは、こんな日に外に出ているせいであろうか。



「沖田のお兄ちゃぁん。」



 顔を上げると近所の子供達がこちらに駆けてきていた。

暇なときに遊び相手をしてやったからか、よく懐かれている。


 沖田は笑顔をはめると腰を上げ、子供達に手を振りながら近寄っていく。



「こんにちは。

こんなに寒いのに遊んでいるんですか。」



「そう。

雪だよ、雪。

毎日降ってるから、雪合戦も沢山できるよ。」



 手や袖を複数の方へ引かれ揺すられる。

 一緒に遊ぼう、と鼻先が赤くなった子供達が笑う。



「いいですよ。

遊びましょう。」



 青年は鬱々とした気持ちを足下の雪玉に込め、遠くへ投げた。




 

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