第二章 ツギハギ(4)
土方がおもむろに立ち上がる。
鈴音は顔を上げ、押し入れをまさぐる後ろ姿を見守っていると、
近藤が耳元で囁く。
「あいつはな、あぁ見えて意外と負けず嫌いなんだ。
本当に細かい、どうでも良いようなことでも
譲りたくないような奴でな。」
内緒話を楽しむ子供のような面持ちだ。
だが、こっそり隠し事を共有された方は、小首を傾げる。
「今、負けるとかなんかの勝負してたのか。」
「ん。
いやいや、それはだな……。」
「使え。」
土方の声に近藤から目線を動かすと、膝元に座布団が投げつけられる。
「はぁっ。
いらねぇよ。
こんな汚い座布団。」
「誰の座布団が汚ぇとぬかしてやがる。
座るのが嫌なら、足の上にでも乗せてろ。
それなりに温かいぞ。」
「なんで座布団に座られなきゃなんねぇんだか。
いらないから仕舞えよ。」
「うっせぇんだよ。
わざわざ持ってきてやったんだ。
黙って使いやがれ。」
「そ、それでだな、ふ、二人とも。」
収集がつかなくなっては困ると、近藤は声を張り上げ会話を切り替える。
二人は少し尖ったような視線を向け合っていたが、土方がふんっと逸らすと、
鈴音も火鉢の方へ焦点を定めた。
置き場所を失った座布団は、指示に従ってか知らずか。
胡座をかく足の上に乗せ直される。
それを見た鬼が得意げな顔になっていることは、近藤しか気付いていない。
呆れた笑みを土方に送っては、落ち着いた声で近藤が話しを始めた。
「奉行所で小耳に挟んだんだが、近頃、子供が行方不明になることが多くあるらしいんだ。
何でもいなくなる時までは普通にしているそうなんだが、
突然ふらっと歩いて消えてしまうようで、どこを探しても見つからないと聞いた。」
「自分からいなくなってんなら、人さらいって訳じゃなさそうだな。
ただ家出が続いただけなんじゃねぇのか。
ガキの頃は俺もよくやったがな。」
「皆が皆、お前みたいなバラガキじゃないからな。
一人二人ならそれも考えられる。
だが、全員が家出となると無理があるように思えてなぁ。
それに子供が姿を消す前に、笛の音色を聞いたという者がいるらしいんだ。
道化についていったにしては、人数が多いようにも思って……。
もしや何かの妖物かと考えたんだが。
どうだろうか、鈴音さん。」
う~んと唸りながら、近藤は鈴音に問いかける。
「子供をさらう妖怪も幽霊もいるのはいる……けど……。
その笛の音っていうのが分からねぇ。
あたいが知ってる限りでは、そのまま子供を連れ去ったり、八つ裂きにしたりとか、食ったりするって奴らくらいだ。
ご丁寧に笛の音奏でて連れてく奴なんざ、聞いたことがない。」
外から鳥のさえずりが聞こえる。
鈴音はその音色の後に、再び口を開く。
「でも、昔、樹から聞いたことがある。
その時はちゃんと聞いてなかったから、細かく覚えちゃいねぇが、
異国に笛の音鳴らして子供を連れ去る化け物がいるって。」
驚嘆の色が顔に滲む近藤は、前のめりになりながら鈴音に問いかける。
「異国から妖物が入ってきたりするものなのか。」
「そこがよく分からないけど、何百年と日本がある中で、
異国の妖物の情報がそんなに多く無いってことは、可能性が低い気もする。」
「じゃぁやはり、トシの言うように普通に家出が続いただけなのか。」
「そうと決めつけるのも、まだ早いぜ、近藤さん。」
腕を組みながら黙って聞いていた土方が言葉を発した。
鈴音を切れ長の目で一瞥すると言葉を続ける。
「今までとは話しが違う。
今は異国から鉄の塊に乗り込んで人やら物やらが入り込んでくる時代になってきてんだ。
表だっていようが、そうでなかろうが、船がありゃ何でも入ってこれんだろ。
物も人間も、動物も……妖物だってな。」
「確かに、そうだ……。」
近藤の首が大きく縦に動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます