ツムギノカケラ(9)
「で、何なの、お前。
何で付いてきてんだよ。」
目をつり上げている覇王。
呆れ顔の鈴音。
しかめ面の土方。
人通りが少ない町を横並びで歩く三人。
「連れて帰るつっただろう。
そんなに俺が信用できないか。」
紅一点、と呼ぶには相応しくない身なりの鈴音を間に挟み、覇王が土方に詰め寄る。
「そうじゃない。」
はぁ、という覇王の疑問に満ちた言葉が町を駆けていく。
「お前なんかより、こいつは信用に値するってことはもう分かってる。
だからお前がどうであれ、鈴音は帰ってくるだろう。」
「知った口叩いてんじゃねぇよ。
お前なんかより俺の方が、よっぽどこいつを分かってるわ。」
ムキになった覇王が肩で怒りながら、土方に詰め寄ろうと近づく。
「近いんだよ。」
真ん中にいた鈴音が怒る肩を突き飛ばし、元の位置に押し返す。
なんで真ん中なんかに……。
犬と猿の間に立って歩きたくはないものである。
二人でやって来いと、犬猿のように吠え上げたくなる気持ちを抑え、土方に問いかける。
「じゃぁ何しに追いかけてきたんだよ。」
普通に考えれば、追い掛けてきた時点で鈴音すら信じていないと行動で示したのと同じことである。
だが、土方は鈴音が帰ってくると踏んでいた。それならば、一体何の理由で小走りなんかをして後を追ってきたのか。
単純に疑問であった。
「妖物に関わることで何かしに行くってんなら、知らぬ顔をしている訳にはいかねぇだろう。
これからそれと向き合ってくってのに。
形式として必要のないことであれ、どんなことをやるのか見ておきたかった。
理由はそれだけだ。」
見下ろしてくる蒼い火を宿す瞳には、曇りなき心身の光が灯っていた。嘘でも苦し紛れの言葉でもないのであろう。
鈴音の足取りが軽くなる。
「そうか。」
「あぁ。」
覇王は、そんな二人の様子が面白くなかった。目に触れることのないような深淵で、二人が手に取れないモノの距離を近づけているような、そんな気になったからだ。
長い年月を鈴音と重ねてきた自分よりも、もっと深く深い奥の底で。
「いやぁ、あれ新選組の土方さんやない。」
「あらぁ、ほんまやわ。
おっかない集団やけど、土方さんってやっぱし格好いい顔してはるわ。」
「あの一緒に連れてはる方、誰やろ。
派手な見た目してはるけど、土方さんと同じくらい綺麗な顔して。」
「ほんまや、素敵やわぁ。」
「けど……なんや。
あの真ん中の人。
女みたいな顔してはらへん。
髪結うのもなんか下手くそやし、
着物も大きいんかしらんけど、着崩れそうな感じやし。
なんや、みっともない感じやねぇ。
何であんなの連れて歩いてはるんかしら。」
「あぁ、ほんま。
どうせ誰かのお小姓やろ。
綺麗な顔はしてはるんやろうけど、ほんまに女みたいな顔やね。」
「うちは、やっぱり土方はんがええわぁ。」
「えー私、あの派手な人がええわぁ。
新選組に入られた方やったらええのにぃ。」
往来に人影は多くないが、道に沿うように並ぶ店々から女の黄色い声がする。
だらしないと罵られたのが誰のことなのか。会話の全容が聞こえていなくとも、
自分のことだと想像がつく。
特段何も思わない。
小汚いだのみっともないだの、そんなことは耳がたこで埋め尽くされるほど聞かされてきた。今更同じような言葉を聞いたところで傷つきもしなければ怒る気にもなれない。
両脇に顔立ちも身なりも整えた奴が並んでいるからこそ、特別小汚くも見えていることだろう。
まぁ、確かに……。
鈴音は、こっそり土方を見上げた。
整った綺麗な顔は色白でしゅっと引き締まり隙がない。元からの顔立ちに加え、
本人の意志の強さが顔に表れているような様子である。侍というよりかは、役者と名乗る方が違和感のないように思えた。
同じように整った顔立ちでも、遊びが多く大らかに見える覇王と、これほどにも違うものなのか。
部分部分で見れば、狐目に色白、程よく主張している鼻筋、持っているものはあまり変わりない。
それが心の向きようで、こうも変わって見えてくるとは。魂の波動とは恐ろしいものである。
「俺の方が格好いいだろう。」
耳元で覇王が囁く。
見るまでもない。
「鏡で面見てから出直せよ。」
覇王が地団駄を踏みながら何かわめき出すが早口過ぎて聞き取れない。
そもそも聞く気がないため、余計に耳に入ってこないのである。
「何だ。
あいつは急に何を騒いでいるんだ。」
綺麗な顔に皺を寄せながら、遅れ始めた覇王を振り返る。
「絶望してんだよ、手前の面に。」
「あぁん、何で道を歩いているだけでそんな考えになる。
何考えて道を歩いてやがんだ、あいつは。」
「自分の美しさ。」
「……。
もういい。
聞きたくもねぇ、勘弁してくれ。」
眉間をつまむように抑えながら、土方は頭を激しく振った。
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