ツムギノカケラ(7)

 冷たい風が障子や格子窓を揺らしている。


 カタカタという音を数度耳にした後、女と同じように腕を組んだ土方が口を開く。



「そんなことはない。

数日かけて軍議を重ねた結果、

俺の小姓にしておくことがお互いにとって都合が良いと、

議論を重ねたうえで決まったことだ。」



 隙間風が鈴音の髪をふわりと舞上げる。



「そ、そうだぞ、鈴音さん。

別に取捨選択で残った場所を選んだ訳ではないからな。


ほ、本当によくよく考えたうえなんだ。」



「……近藤さん、悪いんだが口を閉じていてくれ。


隠せるもんも隠し通せなくなりそうだ、あんたが口を開くと。」



 額に手を当てた土方は、やめてくれと首を振る。


 近藤がどうこうではない。


 それ以前の段階でもう大方知れているのだが。



 鈴音は呆れて小言を漏らす気にもなれず組んでいた腕をほどく。

支えを失いあった腕達を、胡座をかく膝に委ねてやる。


 少し前屈みになった姿勢で土方の背後を見やった。


 不満げな視線とは違い、どこか刺すような目つきである。



 そんな目で見る程、気に入らないというのであろうか。



 どことなく視線の焦点が自分自身から外れている感覚はあったが、

その刺すような目に、こちらも黙ってはいられなかった。



「おい、上等な身分につけてやってんだろ。

お前にあてがえる役の中で一番上位のもんを選んでんだから、くだらねぇ勘ぐりはよ……。」



 つんとした強い香の香りが土方の鼻をつく。耳に生暖かい息が吹きかかる。



「選んだっつーか、貧乏くじだけどな。」



 小馬鹿にするような愉快そうな声音が鼓膜に触れる。



「っ……。」



 すかさず腰を浮かし身を真横に滑らせると、派手な装いの男がにやにやと笑っている。


 覇王樹であった。



 覇王は、土方が座っていた位置のちょうど真後ろに屈み込んで笑っている。



「てめぇっ、どうやって入り込んできやがった。」



 腰を低くさせ片膝をついた状態の土方は尋ねてみてから、

そんな質問に意味がなかったことを悟る。



 締め切られた部屋に突如姿を見せたのだ。



言葉で説明されたところで、人の成せることではない。


 土方の舌が鳴る。


 人知を超えたその行いにも気配にすら勘づけなかった自分にも、怒りの虫がすくってきた。



「俺くらいになれば、どこだって出入り自由なんだよ。

鬼の副長殿。」



 したり顔の覇王は、よいしょと立ち上がる。



「表から来たってまた曲者扱いされんだから、こっちの方が手っ取り早かったんだよ。

これは、しっかり話をつけてないお前らが悪いよな。」



 腕を天井に伸ばした覇王は、外に開きながらゆっくりと下ろしていく。

 骨がポキポキと小さな音を立てている。



「じゃ、行くか、鈴音。」



「あぁ。」



 呼び掛けられた鈴音は、膝に手をつきながら立ち上がる。



「待て。

何の真似だ。」



 立ち上がった土方は覇王を睨むが、男はしたり顔のままである。



「何って出掛けるんだよ。」



「断る。」



 即答の土方を、覇王は腹を抱えて高らかに笑う。



「お前となんか出掛けねぇよ。

寝言は寝てる時しか言っちゃなんねぇんだぜ。鈴音と出掛けると言ったんだ。」



「だからそれを断ってんだよ。」



「はぁ、何で。

何なの、まさかお前らこいつのこと罪人みたいに監禁してんのか。」



 覇王の瞳の奥が冷たい色に変わり、醸し出していた陽気な空気が一瞬にして冷めている。



「覇王君、誤解だ。」



 覇王は首を動かし、近藤を見下ろす。



「新選組の者は外に出る際、全員が行き先と戻りの時刻を報告するきまりを作っているんだ。

その時の状況によっては外出許可が下りないこともあるし、門限だって定められている。


でもこれはさっきも話したように、うちでは全員が守るきまりになっているから、

鈴音さんだけがどうとかではない。



我々は決して、君の好意に泥をかけるような卑劣なことはしていない。」



「ふーん、そうか。


なら良いさ。


お前たちにとって仲間が大事なように、俺にとっても同じことなんでな。

お前、勘違いさせんなよ。」



 朗らかな雰囲気を纏い直した覇王は土方に顔を戻す。



「どこに出掛けるつもりだ。」



「別にどこだって良いだろと言ってやりたいところだが、

全員が守るきまりなら仕方がねぇな。


橋の魔退治の仕上げだ。


あの橋に行ってくる。」



 小さな部屋にざわめきが起こる。



「まだ終わってないってことかぁ。」



 頭を掻きむしる永倉。橋の魔に卒倒した記憶が蘇る。



「いや、実質終わってんだぜ。


だから、基本はもう出てくることはねぇんだよ、あのイカれた女が。


ただ、なんつーのかねぇー。


気持ち的な儀式として、こいつがやってることがあっからよ、それをしに行くだけだ。」



 覇王が顎でしゃくった先には、いつもと変わらぬ無表情な鈴音が立っている。



「安心しろって。

別に、大事な仲間を怪我させられたからって連れ出して戻らないとかはねぇからよ。

俺は敬う者には寛大なんだぜ。

な、鬼の副長殿。」



 皮肉めいた言葉とそれに相応しい顔で、隣に立っていた土方の肩を軽く叩くと、

後ろ手に手を振り広間を後にする覇王。

 それに続くよう鈴音も歩き出すが、障子の敷居辺りで土方達を振り返る。



「申か、遅くても酉の刻までには戻る。

何か出たら静代に言えば、どうにかしてくれるから。」

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