ツムギノカケラ(6)
「どうした、山崎。」
怒る、焦る、などとは無縁の山崎。
その背面から漂う怒気に、近藤はたじろぐ。
一声後に障子が開かれ、入り込んできた怒りの波動は凄まじかった。
「大丈夫です。
私は冷静沈着なのです。
怒ってなどいません、決して。」
明らかに怒りを背負っている山崎が、
広間に足を踏み入れ障子戸の端に腰を下ろすと、続けて鈴音が刀を左手に携え入ってくる。
静代の姿はなく、鈴音が部屋に入りきると山崎が障子を滑らせた。
すぱぁんという爽快な音が耳を貫いていく。
音だけを耳にするには気分も良いが、怒りから生まれた動作だと考えると清々しいなどとは言ってられない。
監察の腹の虫を暴れさせたのは鈴音なのであろう。
広間の中央に向かう鈴音に殺気の矢を放っているのが一目瞭然であったからだ。
「おい、何をした。」
たまらず土方が鈴音に尋ねる。
「別に何もしてねぇよ。」
繕い治したとはいえ、まだ少し大きい土方の袴の裾を器用に足で払いながら、
彼女はどすっと腰を下ろす。
胡座をかくが袴を着ているため生白い足は拝むことが出来ない。永倉は頭を抱え悶絶した。
「何もしてねぇ訳ねぇだろう。
山崎が八つ当たりするくらいに怒るなんざ天変地異が怒るかどうかのことなんだぞ。」
「だから、何もしてねぇって。
何もしなかったら怒られたんだ。」
鈴音もどこか虫の居所が悪いらしく語気を強めて顔をむすっとさせている。
「何もしてないのに怒るって何なんだ。
お前は分かるように会話ができねぇのか……。
ったく……。
まぁ良い、この件は後で山崎から直接聞こう。」
山崎の機嫌など、どうしてやれば元に戻るのか。日頃は穏やかな男の宥め方など
皆目見当もつかないが、このままでは業務に差し障りがあるかもしれない。
優秀な監察ではあるから、きっと自身の感情で業務に波があることはないだろうが、念のため気に掛けておく必要はある。
組の維持には細やかな調整を心がけなければならない。
だが、今は……。
土方は襟元を整えながら、呼吸を落ち着ける。
「傷の具合はどうだ。」
「治ったよ。」
「そんなに早く治るはずがないだろう。
手当に必要なものがあれば用意してやるから遠慮無く言うと良い。」
「あぁ、分かった。」
怪我の話を始めると、先ほどよりも機嫌の悪さが増したように見えた。
土方は話題を切り替える。
「今日来てもらったのは、所属が決まったからだ。」
「へぇ。
そうかよ。」
「お前には俺の小姓、つまり副長付きの小姓として新選組に身を置いてもらうことになった。」
所属という言葉に何ら興味を示さなかった鈴音が、じっとりと湿気を含んだような瞳で土方を見つめる。
「あっ…やっぱり、お気に召さなかったかな。」
色白の顔を覗き込むように局長は顔を寄せる。その額には焦りが見られた。
「副長は下の役職じゃねぇぞ。
ここでは、それなりの位置づけだ。
お前にとっても悪い話じゃないはずだが、俺の小姓というのが気に入らないのか。」
土方の問いに肩で息をつくと、興味を失ったような顔で鈴音が答える。
「別に。
お前がどうとかじゃないし。
はっきり言って役なんて何でも良いんだけどよ。
なんか、こう……。」
鈴音が肩を掻き言葉を濁す。
「何だ。
俺が原因でもなく役が何でも良いならさっきの顔は何なんだ。
言いたいことがあるなら言ってみろ。」
口から覚悟を吐くように再び溜息をつきながら、女は腕を組む。
「なんつーか、
あてがう場所がねぇから仕方なしにお前の小姓にされた感じがしたんだけど。」
誰の者とも知れない、生唾を飲む複数の音が耳を掠める。
誰も返事をしようとせず、幾ばくかの間が生まれる。
それこそが答えを語っているのと同じではあったが、鈴音は特に反応を示さず黙って土方を見つめた。
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