第一章 ヒトダスケ (27)
「何だよ。
んなところに突っ立って、一体何のようだ。」
胸元から手を引き抜くのと同時に障子が開かれ、一人の人間が部屋に入ってくる。
後ろ手に障子を閉め、
近寄ってきた鬼の副長に鈴音は嫌気がさす。
また小言だろうか。
何に対して五月蠅く言われるのか、考えるだけでうんざりした気持ちになったが、
今はどんな相手であれ側にいて欲しい気もした。
埃臭い部屋に土方は腕を鼻に押し当てる。
袖からは嗅ぎ慣れた香の香りがしたが、それでもまだ埃の臭いが鼻に入り込んでくるように感じられた。
男所帯である新選組からすれば、掃除が行き
届いていないことなど日常茶飯事のことである。各々の部屋の片付けもまともにできない。
家事においては無骨者の集まりだ。そんな連中が
普段使わぬ部屋を掃除する心を微塵でも抱くはずなどないのである。
土方が部屋に入って数歩目で感じた居心地の悪さは、これが原因であった。
足袋越しに埃の感触を得ながら、鈴音の傍らまで歩を進め腰を下ろす。
その風圧で床に散らばる灰色の塊が、宙を舞った。
月光の薄明かりを受けている鈴音の白い肌が汗ばんでいるのが見えた。
先日、切り放った前髪の残りも額に貼り付いている。
首元に巻かれたさらしが薄赤く染まっているのを目にしながら、鼻元から腕を下ろし重い口を開いた。
「傷の具合はどうだ。」
手元を映していたガラス玉の瞳が、生を色付けながら土方を映す。
「なんともねぇさ、こんなぐらい。」
「ちゃんと消毒はしているのか。」
「……あぁ。」
多分、静代が。
熱に取り憑かれ、
ここ数日の記憶が朧気な鈴音は最後の言葉を口に
とどめる。
「傷になるといけない。
医者を呼んで見せるか。
換えのさらしも必要だろう。
用意させようか。」
長々と始まる質問責めに、
鈴音はいらないと答え、また手元に視線を戻す。
二人の間に虫の音が響き渡った。
「橋の魔の件、感謝している。」
土方の言葉に、再び視線を上げる鈴音。
端正な役者に相応しいような面立ちが、
自身を見つめている。
「頼まれたことをやったまでのことだろ。
礼を言われるようなことじゃない。」
再度訪れる沈黙に、これもまた再び土方が口を開く。
「今回の働きの件で、会津藩から報奨金が出た。」
土方は袂から和紙に包まれた小判を取り出し、畳に置いた。
「近藤さんとも話し合ったが、この金はお前たちに渡そうと思う。
今回の功績はお前があげた。
それに対する会津からの褒美だ。
受け取ってくれ。」
それほど高さもない和紙の包みを、土方は
鈴音の方へ押し滑らせる。
「二日ほど前に貰ったものだ。
すぐに渡すつもりだったが、静代がお前に会わせようとしなかったんでな。
容態が良くないのかと聞いても、今は帰れの一点張りで話にならなかったんだが、ようやく出て行ったんで、こうして持ってきたわけだ。
そう多くはなさそうだが、一枚も使っちゃいない。」
いらねぇよ。
鈴音は、ぼそりと溢しながら包みを押し戻した。
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