第一章 ヒトダスケ(23)
模様のように緑に変色している上半身を鈴音は見つめる。
突き上げて抉るか。
下半身はどうであれ、半身は所詮人間の名残だ。斬りつければ造作もない。
だが、その前に……。
長く伸びきった前髪の先を掴む。
錆びた匕首は使えない。使えないことなないのだろうが、後でどやされるのはご免だった。
右手に握る血を浴びた刀に目をやる。
「いったい、いつまでそんな女と遊んでいるおつもりですか、貴方は。
それとも、視界が悪くて、
ご自分が誰と遊んでいるのかすら見えていらっしゃらないのですか。
いいかげん待ちくたびれましたよ、鈴音様。」
挑発めいた低い声音が鈴音の腹をくくる。
横一文字に払われた刀が長い前髪を断ち切るのと同時に、鈴が激しく音を鳴らしながら駆けだしていた。
橋の魔は不意な動きにたじろぎを見せるが、すぐさま構えに入る。
口を大きく開き、再生可能な牙を幾本となく鈴に向かって打ち込む。
リン、チリン、リンリン……。
涼しげな音が空気に乗りながら、庭を駆ける。
開かれた視界は広く、邪魔になるものなど、
もう何もない。橋の魔との距離が四尺ばかりになると、左手に握っていた長い髪を妖物に投げつけた。
魔は、それらを払いのけようと片手を慌ただしくさせる。
赤みをさす唇が動き呪文を唱えると、
舞い踊る髪に呪いがかかり、
一本一本が太い荒縄と化しては、妖物の体に巻き付いていく。
「ぐぎゃぁぁぁぁっ、ぎゃっぎゃっぎゃっ。」
身動きができなくなっていくことに声を上げようが何を叫ぼうが、その言の葉を理解し得る者はいない。
鈴音はそんな声に惑うこともなければ、妖物の体が綺麗に締め上げられるその最後まで、
見届けるつもりもなかった。
体中を縄が絞め巡るなか、助走をつけたまま飛び上がる。
眼窩の闇が鈴音を映す。
人々が恐れわななく闇の目。
だが、鈴音は怯まない。
橋の魔が流す霊気から怯えを感じようが、
生前の記憶が垣間見えようが関係ない。
どんなことがあれ、それが人を食らう理由にはならないのだ。
切れ長の鈴音の目が意志の強さを見せた時、
漆黒の眼が慟哭にゆがむ。
苔ばんだ首に当てられた刀が真横に押されると、この世をぐるぐる巡るように首が飛んだ。頭を失った首の先端からは血飛沫が舞い、上半身がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。
そうして、橋の魔の体は塵と化し、
風に流れて消えた。
そりゃ、食い殺したくもなるよな。
頬を掠めていく塵に、鈴音は一人答えてやるのだった。
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