第一章 ヒトダスケ (24)

「妖物とは、日頃姿も見えにくいが、死んでも形が見えなくなるのだな……。」



 近藤がぼそりと呟く。可哀想だとでも思っているのだろうか。

 静代は、優しすぎる将に呆れを抱きながら広間に戻ってきた鈴音を迎えた。



「日頃から切っておかないから、こうなるのですよ、もう。」



 乱雑に切られたと見えた前髪は、綺麗に眉の辺りで切りそろえられていた。

 誰もが妖物退治を目の当たりにし、その始終に衝撃を受けたが、それよりも鈴音の顔に見入ってしまう。


 身なりこそ悪くあるが、色の白い綺麗な顔をしていた。切れ長の瞳は芯の強い光を宿し澄んでいる。乾燥で荒れた唇は、赤みをほのかにまとい、薄く紅をさしているようにも見えた。



「はぁぁっ、こりゃぁなかなかだな。」



 気を取り戻した永倉は、鈴音の顔をじろじろ見つめる。



「ほら、言ったではありませんか。

鈴音様はお美しいと。

でも、今日はここまでです。」



 静代は鈴音の背を押し、障子の方へ向かおうとする。



「あ、待ってくれ。」


赤く血の滲む背に近藤が呼びかける。



「鈴音様は怪我をされております。

ご用は、ご回復の後にお願い致します。」



 静代の声音には、トゲのあるような冷たさが滲んでいた。

 それだけ答えると、静代は鈴音に呼びかけて部屋を去っていく。

 その後に続こうとする鈴音を、土方が引き留める。



「おい……。」



 後ではなく、今伝えて置かなければいけない謝罪と感謝があった。だが、謝罪など性根に合わないこともあり、慣れていない。

 言葉を選んでいると、鈴音が口を開いた。



「あれのことは片付けてやったんだ。

それと軒を弁償しろなんて言うなよな。」



 去り際に鈴音が指さした襟元に手を当てると、

ぐっちょりと血濡れていた。


 広間に鈴音が飛び込んできた時の一連の流れが思い出された。自身には何の痛みも怪我もない。そんなことを考えずとも、その血が誰の者なのか容易に見当が付く。


 土方は、誰に向けてか分からぬ舌打ちを漏らすのだった。


 

 





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