第二十二幕「ラスボスが降臨しました」

「はっ、ボロスグラスだと? そんなものが何の役に立つというのだ!」


 拍子抜けしたマリウスは嘲笑ったが、次の瞬間……彼の表情は凍り付く。それはナズナの両手をキツく縛っていた拘束バンドが、目映いエフェクトと共に弾け飛んだからだ。


「なん……だと……?」

「おいで、デメンスキー!」


 ナズナの声に呼応して黒い魚体が起動ブートすると、口からあの琴を吐き出した。それを空中で受け取ったナズナは琴を腕に沿わせ一回転させると、それを斜めに立てかける。


「き、金魚が宙に浮いている……幻か?」 


 マリウスは自分の顔に手を当てたが、そこにボロスグラスはない。現実に存在しないはずモノを目の当たりにした彼の脳は、今起きている状況を認識できずにいた。

 そして、ナズナの指が弦を弾くと森中に悲鳴と銃弾が飛び交いだした。地中に埋まっていた木の根が盛り上がり、まるで意思を宿したかのように動き出したからだ。鞭のごとくしなった木の根が、遊馬たちを抑えつけていた黒服や傭兵たちをはじき飛ばす。

 ただ誤算があったとすれば、乱心したナズナは自分に近寄ろうとするに容赦ない攻撃を仕掛けていたことだ。

 ある者は枝に捕まって宙に投げ出され、ある者は蔦に巻かれて幹に張り付けられ、またある者は地面に引きずり込まれて首だけになっていた。残念なことにその中にはテッドも含まれていた……。


「OH! もっとよ、もっとキツくネ……!」

「キャ~! こ~な~い~でぇええええ~っ!」


 遊馬もこの有様にはドン引きしていたが、それ以上にマリウスは異形とも呼べるこの光景に圧倒され立ち尽くすしかなかった。


「こ、この森は呪われているのか……それともボクが正気を失ったのか……?」

「へへ、ちょっと危なっかしいがナズナに託して正解だったな。いくらルールが存在しないとはいえ、仕組みを理解できない俺らじゃあは扱えない。叔父さんから直に学んだナズナだったら使いこなせると思っていたぜ!」

「くそ……これもお前らの仕業か!」


 腰を抜かしたマリウスに、勝ちを確信した遊馬が種明かしをしてやる。


「人の体は微弱な電気を帯びているだろ? それに腕や足の動き、見ること聞くことも全て電気信号となって脳に伝達されている」

「……それが何だと言うんだ?」

「それはだな、この一帯には通常とは桁違いのボロス信号が飛び交っている。そんな中に入れば、たとえボロスグラスが無くとも仮想現実を視認してしまうということだ。俺のの話だと、ここはVRBプロジェクターのさらにその先を見据えた《現実と仮想世界を一つにする実験場》ってことらしいぜ」


 つまりは幻影――脳が誤認識した結果が人体に影響を及ぼし、仮想現実から受けた影響を肉体がそれをだと認めてしまう。いくら本人が幻だと頭に念じても、五感がリアル過ぎる感覚を事実と判断するため、この幻影から逃れることはできないのだった。

 それを知らず、この森へ足を踏み入れた時点で彼の負けは確定していた。

 全てロロ子からの受け売りだったがマリウスを屈服させるのに充分だった。


「ちくしょう……こんなガキ共にボクが屈するなんてありえない……」

「お前には白雨村も、叔父さんが残した宝も、それにナズナだって渡しはしない」


 遊馬は仁王立ちして土に手を突いたマリウスを見下ろす。しかし悲鳴や銃弾が飛び交う中、マリウスの血走った眼球に指を咥えた幼女が映ると彼は白い歯を覗かせた。


「うわっ!」


 次の瞬間、マリウスが地面の泥を遊馬の顔に投げつける。ボロスグラスが泥を被って視界を遮られほんの僅かな隙に、マリウスは花梨に飛びかかりギブスで彼女の首を締め上げた。


「おおっと、そこを動くなよ」

「イヤァアア~ン、あんたん助けてぇ!」


 腰から護身用の拳銃を引き抜いたマリウスが銃口を花梨の頭に突きつける。マリウスの部下を相手に大暴れしていたナズナも、こちらの状況に気付くとピタリと琴を奏でるのを止めた。


「花梨を放せ、キノコ野郎!」

「ハハハ、これで形勢逆転だ。ナズナ、お前にこんな度胸があったとは思いもしなかったが、ここまでだ。それと遊馬くん、もうボクの髪型をけなすのはやめてもらおうか」

「……分かった。もう言わないぞ、シイタケくん」

「同じじゃないかっ!」


 カチリと撃鉄を起こす音で、遊馬は金縛りにあったように体が動けなくなる。


「まったく……こんなに汚れてしまったじゃないか」


 神経質なのかマリウスは手に付いた泥を嫌悪して、花梨の胸元で何度も手を拭う。

 花梨はお気に入りの白いシャツが薄汚れていくを目の当たりにして、目許に大きな雫を溜めて今にも泣き出しそうになった。

 泥を拭き終えたことを確認してマリウスがネクタイを緩めて襟を開く。そこには遊馬から奪ったボロスコインのペンダントが見え隠れしていた。

 そして、彼の視線が遊馬からナズナへ移ると……。


「ナズナ、そのボロスグラスを外してこっちへ投げろ」

「……遊馬」


 ナズナは困惑して遊馬に判断を委ねる。叔父のボロスグラスはこちらの切り札だったが花梨の命には替えられない。選択肢は一つしか無かった。


「外してくれ……ナズナ」

「……はい」


 安堵の表情を浮かべたナズナは軽く頷くと、叔父のボロスグラスをマリウスに向かって放り投げた。ナズナの手元から琴が消え、デメンスキーは地面に溶けるようにして姿を消す。

 マリウスは足元に転がった叔父のボロスグラスを見下ろすと、それを念入りに何度も踏み付けて完全に破壊してしまった。残ったのは砕けたレンズの破片、そして歪な形に折れ曲がったフレームだけだ。


「ハハハ、これでもう悪さはできまい。さて、キミらの処遇をどうしてくれようか」


 煮えたぎる怒りを噛み殺し遊馬はマリウスの挙動、一分の隙を見逃すまいと睨む。

 けれど、そんなチャンスはどこにも見当たらない。迷っている間にも呻き声を上げて黒服たちが次々を起き上がり遊馬たちは取り囲む。マリウスは花梨から銃口を引いて真横にかざし、今度は潤に拳銃を突き付けた。


「えっ? わたし……?」


 潤が後ずさりすると、マリウスは呼吸を荒くして末尾の言葉を語りだした。


「来なかった。キミたちはここへは来なかった。そして、こちらの彼女は今から地面に伏せる。もう二度と起き上がることはないだろう。これも全て……遊馬くん、キミの軽率な行動のせいだ。せいぜい後悔したまえ!」

「やめろぉおおおおおおおおっ!」

「キャッ!」


 掌を突き出して身構える、潤……。

 緩やかに絞られていくトリガーが今にも撃鉄を叩き下ろそうとした――瞬刻。

 銃からオレンジ色の閃光が爆ぜた。


「ぎゃあああああああ~っ!」


 しかし、発砲音はない。その代わりにどういうわけかマリウスの右腕が炎に包まれていた。彼は手にした拳銃を投げ捨てて地面に転がり、燃え上がった炎を必死に消そうとする。遊馬は僅かな時間に起きた出来事を呆然と眺めていたが、それが誰の仕業なのかハッキリと解っていた。


 四方から木霊する不気味な笑い声――。

 それは一人のものではない。


『腐腐腐腐腐……』


「な、何者だ、姿を現せ!」


 やっとの思いで火を消したマリウスが方角も分からず叫ぶと、目の前に火の玉が浮かび上がった。それは一つ、二つと時計回りに数を増やし、オレンジ色の炎が彼の怯えた表情を照らし出す。


「あそこだ!」


 すると、黒服の一人が大きな樫の木を見上げて指を差す。太い枝から垂れ下がっていたのは白い素足、それが炎に照らされて至る所で見え隠れしていた。遊馬は安堵のため息を吐いてその美脚に向かって声を張り上げる。


「遅いっすよ、ロロ子さん!」

「ごめんなさ~い、急に上司から残業を押しつけられちゃったの~。テヘっ!」

「テヘっじゃないっす。年齢的にもアウトっす。なかなか来てくれないから、危うく死人が出るところでしたよ!」

「少しはお世辞くらい練習しておきなさい。女の子って何歳になっても、甘い言葉をかけられたいものよ」


 残念そうなに返事を返したロロ子が地上に飛び降りる。それに習ってマリウスを取り囲んでいた他の魔女たちも地面へ飛び降りると、着地の瞬間ふわりと風を起こして音も立てずに足を着けた。

 彼女らは丈の長いマントに大きなとんがり帽子、タイトなロングスカートをはき、手には古木から削りだした……いや、そのようにプログラムされた背丈ほどある長い杖を手にしている。

 それは世間一般でいうところの魔女、そう呼んで差し支えない仮装だった。


「くそっ、またしても可笑しな連中が……。おい、女、ハロウィンにはまだ早いぞ!」


 高級なスーツを焦がされたマリウスは怪訝な顔でナンセンスなジョークを飛ばす。

 ロロ子はそんな彼の戯れ言を完全に無視すると、森の主らしいセリフを侵入者に浴びせかけた。


「我らの守りし神聖な森、この聖域を土足で踏みにじった大罪……その命を持ってしても償えるものではない。精霊の名の下に刻んでやりましょう、その体に、その心に一生拭うことができない恐怖を!」

「ええい、どれだけ死体が増えようが構わん。この場にいる不届き者を始末しろ!」

「あらあら、ここは日本なのよ。銃刀法っていう法律があることを知らないのかしら?」

「ほざけ、仮装女がっ!」 


 季節外れのコスプレイヤーにすっかりペースを奪われ、意味不明な説教に腹を立てたマリウスが黒服たちに皆殺しを命じる。血気にはやった黒服の一人がロロ子に銃の引き金を絞ると、撃鉄が薬莢の後部にある雷管をはじき火薬を点火した。

 燃焼した火薬は銃身内で爆発し、その圧力で先端にあった弾丸が銃口から発射された。それが数千分の一秒という僅かな時間で完結されて、飛び出した弾丸がロロ子に襲いかかる。


 危ない――そう発する言葉よりも速く弾丸がロロ子に迫ると、彼女はふわりとマントを翻してその場に屈み込んだ。


「ロロ子さん!」


 遅れて遊馬が彼女の名を叫ぶと、ロロ子の姿に一瞬ノイズが走って元に戻る。すくりと立ち上がったロロ子が腕を伸ばすと、掌から先ほど発射された弾丸が転がり、草の葉に当たって地面に落ちた。


「こ、コイツら……人間じゃないのか?」


 拳銃を発砲した黒服が後ろへたじろぐ。

 そして、ロロ子がゆっくり首を上げると帽子のつばで隠れていた彼女の顔が露わになり、まさに悪役……といった不敵な笑みがマリウスたちを凍りつかせた。


「たしかに、今の体は仮想現実で生成された《データ》にすぎないけれど、唯一この森だけは現実世界に対して影響、干渉、接触することができるの。ここは荒木先生に託された聖なる地。お前たちのような俗物から隠し守り通すため、我ら《荒木ゼミ一期生》が磨き上げた次世代ボロス技術を前にして、アナタたちはどこまでやれるかしら?」


 実態があって実態がない。たとえマリウスが数百、数千の軍隊を送り込んでも、ここではロロ子ひとりに敵わない。そんな事実を突き付けられて彼らの志気は壊滅的なまでに挫かれた。


「無理だ……勝てるはずがない」


 誰かがそう口に漏らすと、マリウスは負けじと人のに語りかける。


「お前たちには高給を払っているだろう、プロならプロらしい仕事をしろ! 一人頭10万ドル、いや、50万ドルのボーナスを支給してやる。遊んで暮らしたければ死ぬ気でこの大金を掴み取れ!」


 たった一言――マリウスの激で失意しかけていた黒服や傭兵たちが紛争地で戦う兵士と同じ鋭い眼光を放ち、屈強な戦士として蘇らせた。


「金……金……!」

「恐い、コイツら目が血走ってる……」


 潤の言葉通り金の亡者と成り果てた彼らは、さっきまでとまるで別人の動きでロロ子に襲いかかった。が、当然のことながら彼らの攻撃は彼女をすり抜けて空を切る。

 

「正直、無敵モードで倒しちゃってもつまらないな~って、裏でチャットしてたところだったけれど、まぁ良いわ。色々ともあることだし……」


 ロロ子が手にした杖をバトンのようにくるりと一回転させて地面を突く。足元に青白く光る魔方陣が現れてると、周囲に舞う塵のようなエフェクトが彼女を取り巻くように線を引いて集まり始めた。


「では、お見せしましょう。アナタたちが欲しがっていた神の力の一端を!」


 そして、ロロ子がもう一度杖で地面を突くと――それは起きた。

 地鳴りが直下型地震のような揺れとなって森を揺らし、その場にいた誰もが膝をつく。マリウスが花梨を手放して地面に両手を突くと、突然その手から光が漏れ始める。


「う…………うわぁあああああああああああああ!」


 彼の悲鳴とともに大地が割れ、その土砂や石が崩れ落ちると足元に広大な青い海が現れた。深く透き通るような紺碧へ次々と落下した地面が呑み込まれ、巨大な浮遊島となる。周囲を覆っていた青みがかったエフェクトが潮風に流されると空を覆っていた雲も消え去り、残った木々が濃い緑のコントラストを取り戻した。


「そんな馬鹿な……こんな世界が存在するはずがない……」


 尻餅をついて腰を抜かしたマリウスは這うように後ろへ下がる。天変地異と呼ぶに相応しい状況で、遊馬も呆然とこの光景を眺めることしかできないでいた。森の中では魔女たちが召喚したゴーレムが傭兵たちを襲い激しい銃撃戦となり、そらから飛来した翼竜が鉤爪で黒服たちを次々にさらっていった。

 まさか、ここまでとんでもない状況になると予想もしなかった遊馬が繰り広げられる惨状に呑まれていると、そこへナズナと潤が駆け寄ってきた。


「と、とても危険です、ここから離れましょう……」

「そうよ、こんな馬鹿げた戦いの巻き添えになるなんて真っ平ゴメンだわ!」

「だけど、まだ花梨がマイタケ野郎に」


 マリウスに捕らえられた花梨をここに置いては行けない。気持ちを切り替え、遊馬は二人を先に逃がして自分は花梨を救出に行こう――そう、決心した時。


「う・る・み、ちゃ~ん。何処へ行こうとしてるのかな?」


 白く冷たそうな手が潤の首根っこを掴んだ。


「ヒャーっ!」

「アナタは私たち眠れる森の一員になったのよ? それならを整えて、一緒に戦わなくっちゃいけないわよね~?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、他のことなら何でもします。だからその破廉恥な格好だけは許して下さい!」


 土下座をして頼み込む潤を見下ろし、ロロ子は残念そうにため息を吐く。


「ん~仕方ないわね。アナタの大好きな、このならやる気が出るでしょ?」


 ロロ子が手にした杖を潤の肩に乗せた、その途端――。

 潤の体がプログラムコードに覆われて見覚えのあるフォルムが浮かび上がる。

 光の膜がはじけて現れたのは……。


「こ、これは、ブラック・クロカルちゃん!」

「フフフ、ちゃんとアナタの得意な弓も用意してあるのよ~。さぁ、日頃のストレスや鬱憤をクロカル・アローに込めて解き放ちなさい!」

「アハ、アハハハ……。そう、私はクロカル、ブラック・クロカルちゃん!」


 つま先から頭の天辺までクロカルと化した潤は俯いたまま小さく肩を震わせ、すっかり役にはまり込んでしまった。ロロ子のペースの乗せられた潤は手に握ったクロカル・アローの弦を力一杯、胸元に引き寄せる。光が手元に収束して一本の矢になると、矢先に展開された魔方陣が回転を始め、あの決めセリフと共に放たれる。


「ミティアストリーム・アロー!」


 名前の通り流星群が大気圏で燃え上がるかのように無数の矢が赤く尾を引き、黒服や傭兵たちに降り注ぐ。まさにアニメを忠実に再現した豪快な必殺技だった。


 望めば何でも叶う場所、これは過言ではない――。

 だが一人だけ、この祭りに乗り遅れた者がいた。


「ズルいよ、潤! ミーも、ミーも変身してバトルに参加したいネ!」

「キミ、誰だっけ?」


 グイグイとマントを引いて駄々をこねるテッドに、ロロ子がいぶかしんで首を傾げる。

 よくよく思い返せば、ロロ子とテッドは今だに面識がなかった。

 ロロ子が遊馬の家に訪れた時にはその都度、潤がテッドを気絶させていたからだ。


「お願いします、ミーと契約して魔法少女にして下さい」

「まぁいいわ。キミも思う存分、思いの丈を形にしてご覧なさい!」


 素っ裸のテッドにロロ子が杖を振るうと光が彼を包み込み、あのシルエットを模ってピンク色のエフェクトが爆ぜる。


「この世に蔓延る悪はみんなピンクに染めちゃうゾ。愛と癒やしの伝道師、マジカ~ル・モモカル!」


 モモカルの決めセリフを忠実に再現したテッドがポーズをとってこちらに振り向く。肩がぱつんぱつんになったピンクの衣装、絶対領域から覗けた引き締まった尻……その姿はとても少女と呼べる代物ではなかった。


 ――痛ましい、あまりの痛ましい。


「ここはミーに任せるネ。モモカ~ル、ウィップ!」


 ノリノリのテッドが手にしたステッキを光の鞭に替えて勢いよく振るうと、しなった鞭がマリウスの顔面に巻き付いた。


「フゴゴゴォ~っ!」


 鼻の穴まで塞がれたマリウスが呼吸ができずに横倒しになると、花梨がその隙に藻掻き苦しむ彼の腹や顔面に何度もヤクザキックを喰らわせる。


「ヤベ、ヤベテェ……」

「ペッペッ! 地獄に落ちろゲス太郎!」

「う、羨ましい……」


 やはりテッドは物欲しそうにその有様を見つめていた。


「花梨ちゃん、掴まって!」


 ナズナの足元が盛り上がり、影に隠れていたデメンスキーが勢いよく飛び出す。凄まじい速さで木々の間をジグザクグに通り抜け、花梨の元へ辿り着いた。花梨はマリウスの首元に垂れたボロスコインを引き千切ると、最後に彼の股間へ強烈な一撃をお見舞いし、デメンスキーの背ヒレを掴んで黒い背中に乗っかかった。


「ぐぉおおおお……」

「花梨!」

「あんたーん、取り返したよ~っ!」


 デメンスキーから飛び降りた花梨が遊馬の胸元に飛び込み、あどけない笑顔を浮かべる。遊馬は彼女を抱きしめ、目一杯褒め称えた。


「良くやってくれた、お前は最高の従妹だよ!」

「もう、花梨はあんたんのお嫁さんになんだから~」


 相変わらず兄離れできない底無しの甘えっぷりだった。そこへナズナが花梨の背中に飛び込んでまとめて二人に抱きつくと、板挟みになった花梨が悲鳴を上げる。


「ふぎゃ~っ」


 そして、一筋の涙がナズナの頬を伝って流れ落ちた。


「花梨ちゃん、恐い目に遭わせてゴメンね……」


 弛んだ雫が頭上で弾けてナズナを見上げた花梨は自分のために泣いてくれるナズナを見た途端、今まで我慢していたものが溢れ出しもらい泣きしてしまった。


「うわ~ん……恐かったん、恐かったん」


 遊馬は、そんな二人の頭にポンと手を乗せて笑いかける。


「良かったな花梨、新しい友だちができて」

「うんっ」


 切れの良い二つ返事で答えた花梨はナズナに対して初めて笑顔を向ける。

 すると、小さな掌に握ったボロスコインをナズナに手渡した。


「あんたんをお願いします」

「はいっ!」


 続けて、潤とテッドが遊馬の前に立つ。


「花梨ちゃんはミーたちに任せるネ」

「そうよ、アンタたちは早くお宝を手に入れてきなさい!」


 端から見た二人はただの変質者だったが、遊馬には不思議と頼もしく思えた。


「よし頼んだぞ、お前ら!」

「イエス・サー!」


 視線がナズナに移ると彼女は胸元で握っていたボロスコインを遊馬の手に重ね、天使のように綻んだ笑みを浮かべる。そこへ暇を持て余していたロロ子が遊馬の肩をポンと叩いた。

 振り向いた先で豊満な2つの果実が揺れて遊馬が絶句すると、彼女は杖の先端で崖となった足場を軽く小突く。その途端、巨大な木製の吊り橋が先に霞んで見える離れ島へと繋がった。


「この先にアナタたちが探し求めるがあるわ。さぁ、お行きなさい」

「ありがとう……ございます!」


 もしかしたら、これが初めてかもしれない感謝の言葉を彼女に告げると、遊馬は深々と一礼してナズナの手を引いた。かかとが丸太を踏んで軽い音を立て、上下に揺れる吊り橋を駆け抜ける。遊馬とナズナは一度も振り返ることなく、遠くの空に霞んだモノリスを一新に見つめ、前へと進んだ。

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