第十幕「夏祭り、提灯の明かりに惹かれて」

 陽が西へ傾くと連なる山々が陽を遮る。盆地にひっそりと軒を連ねる白雨村は、夏であっても日照はそう長くはない。代わりに赤と紫のグラデーションが空に長い尾を引き、薄暗闇と混じり合ってノスタルジックな一枚の絵画を思わせる。

 それに今日は、初夏の一夜にしか見られない神秘的な様相が村全体を包んでいた。


 舛花大社祭――数多の提灯が道や田んぼを淡い緋色に照らし出し、舛花神社の方角へと流れていく。この日だけは県内外からこの祭りを一目見ようと、大勢が白雨村を訪れる。

 遊馬は神社に近い実家の軒先に腰を下ろし、ナズナと二人でその光景を一望していた。


 叔父のボロスグラスを指で上げて、彼女に声をかける。


「それにしても、いきなり祭りに誘っちまって……大丈夫だったか?」

「はい、遅くなるとマッローネにも伝えてありますから」

「そうか」


 ――どうしよう、会話が続かない。

 しばらく二人は無言の空白に包まれると、意外にもナズナが先に沈黙を破った。


「優美な眺めですね……私、ずっとイタリアで暮らしていたから日本のことは母から教わった知識しかなくって……だから、日本のお祭りは初めてなんです」

「へぇ、流暢に日本語を喋ってるから、そんな感じはしないけどな。それに――」


 遊馬は大きく喉を鳴らす。


「それに?」

「婆さんのお古をあつらえ直した浴衣だけど、似合ってるぜ。そのあじさい柄」

「…………」


 照れを隠して遊馬が鼻を掻くと、ナズナは頬を林檎みたく真っ赤にして俯き、黙り込んでしまう。髪を結っていたので細く白い首筋が露わになり、薄らとしたうなじが彼女を大人びて見せると、遊馬は抑えがたい欲情を駆り立てられた。


 するとそこへ、無邪気で元気いっぱいの声がドンっと背中にのし掛かってくる。


「あんた~ん!」

「うお……随分と重くなったな、花梨。そんなことしたら浴衣がシワになっちまうぞ」

「もう! あんたんったら、レディにそんなこと言っちゃいけないんだよ~!」

「レディときたか、花梨はおませさんだな~」

「クフフ、あんたんのお嫁さんになるんだから当然だよ。それに花梨はまだ大きく育つ可能性を秘めてるけど、この女はこれ以上、育つ余地はこれっぽっちもないんだよ。その、貧相な、胸にはねっ!」


 花梨はナズナを睨み、敵意剥き出しの言葉を吐きかける。


 ――何処でこんな台詞を覚えるのか?

 やはり爺には花梨の教育は任せられない。


 すると、急に悲愴な顔を浮かべたナズナが――、


「……遊馬は胸が小さい女性はお嫌なんですか? そうですよね、男性は大きな方が好みに決まっていますよね。私なんて、やっぱり価値の無い人間なんです。一族の財産を守るだけの道具に過ぎないんです……ううっ」


 大きな瞳に大粒の涙を弛ませてこちらを見遣る。


「えっ、俺……?」


 非常にデリケートかつ、尊厳にも関わる問いに、遊馬はこれまで生きてきた中で、最も過酷な選択を迫られた。そして考え抜いた回答は――。


「何を言ってる。良いじゃないか、ちっぱい! ボリュームが全てじゃないんだぜぇ! ハリ・艶・形が伴ってこそ、美乳じゃないか。それに俺はお胸様より尻神様だ、逆ハート型の安産タイプなんてもう最高! ムチっとした太ももとお尻の隙間に弛んだお肉には、つい手を合わせて拝んじまうくらいだぜ!」


 何が何だかか分からなくなり、遊馬はつい、思春期男子のプライベートな情報まで暴露してしまった。ナズナはきょとんとした表情を浮かべ、遊馬を凝視したまま硬直する。


 罪悪感と後悔の念に苛まれた遊馬は、胸の内でひたすら連呼した。




 ごめんなさい、ごめんなさい――。

 どうして、こんなことになってしまったんだい?

 どうして、俺は出会って間もない初恋の娘に己の性癖をぶちまけてしまったんだい?


 教えて叔父さん、助けて神様。

 これ以上、恥晒しな俺をそんな眼差しで見つめないでおくれ……。

 遊馬がこの世に生まれたことを後悔していた時――。




「OH! 何をとぼけたことを言ってるんだ~い!」


 そこへ間抜けな声が二人の間に割って入る。海松色みるいろの浴衣を着こなしたテッドが、興奮した様子で自分の性癖について語り始めた。


「そんな熟しすぎた体なんて、ぜんっぜん美しくないネ! 見て見なよ、花梨ちゃんを。こんのスンバラシ~イ、完璧なフォルムを。あどけないふっくらとした頬、小さくてプニプニとした手足、樽型のお腹、そして凹凸のないお胸。これが世に言う幼児体型ってヤツさっ! さぁ、心ゆくまで堪能しようではナイカ、ハァハァ……」


「あほー、近寄るな~! 花梨はおデブじゃないやい。うわぁ~ん!」


 上には上がいる、それがせめてもの救いだと遊馬は思った。


 ――ありがとうテッド、キミに明日を生きる勇気をもらったよ。


 しかし、彼のせい傷心した者もいた。

 花梨は這い寄る変質者の顔面に蹴りを入れると、

 丁度そこへ冷えたお茶を盆に乗せてやってきた祖母に泣きついた。


「あらあら、花梨や。どうしたんだい?」

「ばーば、あの人が花梨をいじめるう……おまわりさんに電話して!」

「あらまぁ、そうなのかい?」

「ソ、ソーリー、アーメン、ゴメンナサイ、悪ふざけが過ぎました……」

「異国のお兄さんがごめんなさいって言ってるよ。それにまた、花梨が人様の悪口を言ったんじゃないのかい? もしお客さんに悪いことやったんなら、ちゃんとご免なさいってしておきなさい」


 祖母は何でもお見通しだった。


「は~い……ナズナお姉たん、ごめんしゃい」

「こ、こちらこそ! ……騒々しくてごめんなさい」

「あらあら、礼儀正しくて綺麗なお嬢さんだこと。アナタみたいな娘さんが遊馬に嫁いでくれれば、私も安心してお墓に入れるのにねぇ。フフフフ……」

「ば、婆さん、変なこと言わないでくれ。迷惑だろ?」

「あら、そうかい~? 老婆の勘がまんざらでもないって言ってるのだけどねぇ」

「…………」


 湯気が出そうなほど顔を赤くしたナズナは答えなかったが、どういうわけか自分のお尻をワキワキと握っていた。女心はよく分からない。


 仏のように温和な祖母、縹蘇芳はなだすおうは小柄で、笑みがシワになった柔和な顔と着物がよく似合うことから、村の爺さん連中から絶大な人気を誇っている。

 それに毎日、掃除、洗濯、さらに遊馬や花梨の面倒までしっかりと見てくれる働き者だった。


 遊馬の祖父――縹玄の元へ嫁ぐ前は、実家である京都の呉服店で京美人と持てはやされた看板娘だったらしい。どういう経緯で二人が一緒になったかは遊馬も知らないが、猛烈なアタックをしていたのは祖母の方だったそうだ。


 あんな頑固爺の何処が良かったのか?

 と、何度か尋ねたことがあったが祖母はその度笑顔で誤魔化した。


「四人とも今日は暑かったろう、キンと冷えた麦茶を飲んでから祭りへお行きなさいな。今年は珍しく遊馬が祭りに顔を出すって言うし、異国からこんな美人さんと、面白いお友たちも来てくれて。しっかり神様にお礼を言って祭りを楽しんでおいでね」

「……ああ、浴衣とか色々とサンキューな、婆さん」

「フフフ、どういたしまして」




 微かに聞こえる雅楽楽器と太鼓の音色に誘われて、遊馬たちはカランコロンと下駄を鳴らして田舎道をゆったり歩く。手には漆塗りの赤提灯。薄暗がりに無数の蛍が飛び交い、耳にはカエルやひぐらしが奏でる合唱が昼間の暑さを忘れさせてくれた。

 眼前には石畳の道が境内まで続き、立ち並ぶ夜店や松に吊された提灯が煌びやかに夜を照らした様子は、まるで草原の海に浮かび上がった屋形船みたいだ。


 その賑やかな光景にナズナが、思わず声を漏らした。


「わぁ……これが日本のお祭り。それに人もいっぱいですね」

「この日だけは、よそから見物客が大勢やってくるからな」


 大きな朱色の鳥居を潜ると、そこはもう別世界――。


 華やかに演出された通りは普段目にすることができない、金魚すくいや射的、綿飴や林檎飴などの夜店が遊馬たちを出迎えてくれる。花梨とテッドはすっかり場の空気に呑まれて、次へ次へと遊馬を急かした。


「あんたん、あんたん! 花梨、あのモフモフほしい!」

「おうおう、綿菓子か。ベタベタするから、がっつかずに食べるんだぞ」

「は~い!」


 しかし、気が付けば口の周りに白いお髭。


「遊馬~! ミーも、ミーも!」


 テッドが5歳児と同じ要求をする。無駄に背丈があるので周囲の注目を引いてしまい、失笑する声があちこちで漏れる。はしゃぐ気持ちは分かる。

 遊馬だってナズナの祖国、イタリアのヴェネチアカーニバルなんかに参加しすれば、思わず仮面をかぶって阿波踊りを始めてしまうに違いないのだから。

 祭りというのは、普段は見えない人の一面が見え隠れする特別な日なのだ。


「ほらよ」

「サンキューネ! おっと、あそこで子供たちが群がってるのは何だい?」

「射的だな」


 すると、テッドの目の色が変わる。


「OH~、シューティングね。昔、ダディと一緒によく狩りに行ったもんさ。開拓時代、保安官だった曾祖父の血を引くミーには朝飯前なのネ! 花梨ちゃん、ミーの腕前を見せてあげるヨ!」

「ヤダよう、花梨はあんたんと一緒にいるの~!」

「一度言い出したら聞かないからな~。花梨、悪いがこいつが変なことをしでかさないように、見てやってくれ」

「むう、あんたんの頼みなら……」

「イエース、決まりネ!」

「さわんな、この萌え豚野郎~!」


 ボルテージMAX、有頂天のテッドはステップを踏み、花梨の手を引いて人混みの中へ消えていく。よくよく思えば、テッドと花梨を二人きりにしたのは間違いだったかもしれない。周囲の人間には、悲鳴を上げる幼児と誘拐犯にしか見えなかったからだ。


「まぁ、いいか」


 残された遊馬とナズナが顔を見合わせると、


「あの……その……」


 ナズナはモゴモゴと口の中で言葉を噛む。


「ナズナもやってみたいのか?」


 何も言わずにコクリと頷いたナズナは、遊馬の袖を軽く引いて金魚すくいを指差した。


 ――ああ、なるほど。

 遊馬は彼女の意図に気が付いて自然に頬が緩む。

 もちろん、答えはイエスだ。


「いいぜ、行ってみよう」

「はいっ!」


 夜店には、タオルの鉢巻きに白いすててこ、腰に腹巻きを巻いたいかにも昭和を絵にしたような老人が煙草を吹かしていた。遊馬は財布から小銭を拾い、老人に金魚を入れる椀と《ポイ》と呼ばれる網を交換してもらった。こんなやり取りも何年ぶりだろうか。


「ほら、こいつを使って金魚を掬うんだ。一匹、手本を見せてやるよ」


 自信たっぷりにポイを構えると、黒いデメキンに狙いを定めて素早く腕を振る。

 次の瞬間、チャポンと音が立ち、お椀に小ぶりの黒いデメキンが泳いでいた。

 幼い頃、叔父にコツを教わった遊馬とってこの程度は朝飯前だった。


「すごい、魔法みたいでした……」

「簡単さ、今度は自分でやってみな」


 遊馬はそう言ってポイを手渡し、隣でナズナを見守る。

 耳許に垂れた髪を掻き上げる姿はどことなく色っぽく、唇に塗った淡い紅と、首に下げたボロスコインが、白熱灯に照らされて艶やかな光沢を放っていた。


「あっ! 穴が空いちゃった……ごめんなさい!」

「いやいや、そういう風にできてんだ。気にせず何度でもやってみな」

「……うん!」


 百円を老人に手渡して新しいポイを受け取る。

 今度こそと意気込んだナズナが再戦を挑むが……結果は惨敗。

 彼女は椀を地面に落とすと両手で顔を覆い、今にも泣き出しそうになる。


「今度は一緒にやろう、俺がうまく誘導してやるから、な?」

「……お願い、します」


 白く、しなやかな指先を包むように手を添える。

 急激に心拍数が上昇すると、ナズナは屈んだままさらにこちらへ身を寄せる。

 甘い匂い――彼女の吐息を間近で感じて遊馬は気が変になりそうだったが、意識をポイに集中して金魚の動きを目で追う。


「どいつにする?」

「黒い子は遊馬が取ってくれたから、今度は赤い子がいい……です」

「オーケー、コイツにしよう」


 手元でクルクル回っていた赤いデメキンを観察して泳ぐ先で待ち構えると、ナズナの手を誘導してポイを素早く水槽に浸させた。


「取れましたっ!」

「おう、やったな」


 赤い尾ヒレをパタパタとさせて、ナズナが掬った金魚がお椀に転がり落ちる。両手でお椀を抱えた彼女は、瞳をキラキラと輝かせて二匹のデメキンに魅入った。遊馬は持ち帰れるよう夜店の老人に頼み、金魚をビニールに移してもらう。


 透明のビニールに入った水がレンズみたいに光を屈折させると、中にいるデメキンの顔が大きく歪む。ご満悦のナズナはビニールを顔に翳して、満面の笑みを遊馬に見せた。


 ――こういうのも悪くない。


「家の納屋に昔使ってた金魚鉢があったはずだから、帰ったら移してやろうな」

「何から何まで、ありがとう……名前も付けてあげないと」

「ふーん。じゃあ、あのパシリにも名前付いてんのか?」


 遊馬が興味本位で尋ねると、


「はい! あの子は《デメンスキー》って呼んでます。たまに目玉がプルプルって痙攣するのがとっても可愛いんですよ」

「へぇ……」

「あっ、それにこの子たちの名前も思い付きましたよ。黒い子はデメキノフ、赤い子はデメジェリーカ。どうです、とってもキュートですよね?」

「お、おう?」


 何故にロシア風? と、素朴な疑問が残ったが、ナズナが気に入ったのであればそれでいい。それに通りに満ちた甘い匂に胃袋を刺激されて、遊馬の腹の虫が小さくいなないた。


「小腹も空いたし、そこいらのもんを摘んで回るか。何か食べたいものはあるか?」

「え~っと……では、あの林檎飴というものを食してみたいです」


 ナズナの要望に応えて遊馬は林檎飴の夜店に顔を覗かせると、無数に突き立てられた中から、色艶が良いモノを二つ選ぶ。


 ふとそこで――射的の夜店にできた人だかりから聞き覚えのある声が耳に入る。


「これより、ろーぜきを犯したふらち者に刑をしっこーする、構え!」

「ミ、ミーは、景品のお人形さんがどんなパンツをはいてるのか、見たかっただけネ!」


 花梨が焚き付けた数名の男子児童が射的の銃を構え、射的台に尻を出して縛り上げたテッドを公開処刑するという、異様な光景がそこにあった。


「おまえは存在自体が迷惑なのだ。はんけつ、ヘンタイ罪で死刑なのだ~!」

「そうだ! ボクらの花梨ちゃんに色目なんか使いやがってぇ、ゆるせん!」

「銃殺、銃殺~!」

「ノ~、ミーは保安官だったはずなのにっ!」

「ふぁいや~っ!」


 コルク栓の弾丸が空気圧で弾かれると、その全てがテッドのお尻に命中した。


「おお~っ!」


 西部劇風の演出に、健全な国民の皆様方は何かの催し物と勘違いして拍手を送る。


 ――どう考えてもおかしいだろ!

 と、遊馬は突っ込みを入れたかった。


 しかし、まだ息の根があった死刑囚はしぶとく悪態をつく。


「ダメだよ、ダメダメ! 一発もストライクゾーンに入ってないヨ、狙うのはココネ!」


 と、自分の尻をバンバンと叩いてやり直しを要求したのだ。


「どうやら、まだお仕置きが足りなかったらしい」


 そう判断した遊馬は冷静に後始末をする。


「おやっさん、もう一本追加で。出来立てアツアツのヤツを頼む」

「ほいよ!」


 夜店の店主からアツアツの林檎飴を受け取ってバトンみたく宙で一回転させると、遊馬はナイフ投げの要領でそれをテッドに投げつける。弧を描いた林檎飴がトマホーク(投げ斧)の如く空を切り裂き飛んでいき……彼の額にベチっと貼り付いた。


「アジャアアアアア~っ!」

「トドメってのは、こうやって刺すんだ」


 そして観衆を掻き分けて花梨の元に向かうと拳骨を一つ、小さな頭に落とした。


「コラっ! クラスの男子をたぶらかすのはやめなさい! その歳からこれじゃあ、先が思いやられるぜ……」

「あいたっ! ごめんしゃい、あんたん~……」


 すると――。


「あらあら、これは何の騒ぎ~?」

「ゲッ、鳴子先生……!」


 たまたまそこを通りかかった鳴子がこの惨状を目の当たりにする。

 彼女もまた白雨村の村民であり、祭りを楽しもうとやってきたのだ。

 鳴子は赤い浴衣姿に《昇天ペガサスMAX盛り》というド派手な装いで、テッドの前に仁王立ちした。


「ほほう、まさかアナタとこんな場所で居合わせるなんて奇遇ねぇ。あれほど騒ぎを起こさないよう注意しておいたのに……こ・れ・は、どういうこと?」


 鳴子はテッドの額に引っ付いた林檎飴を掴んで、豊満な胸元に引き寄せる。

 そして、ニコニコと笑みを浮かべているのが逆に不気味だった。


「ア……アイム、ソーリー……こんなつもりじゃなかったんデス」

「実は私ね、本当はお見合い相手の男性と一緒に祭りデートする予定だったの。それはそれは楽しみにして、お祭りにきたの~」

「ホワッツ……?」


 テッドが訳の分からない話を切り出されて戸惑うと、鳴子はいきなり林檎飴の棒を引っ張って彼の体ごと持ち上げる。


 テッドが見下ろした先にいたモノは――。

 逆上した般若、そのものだった。


「実はあの男……他に女がいてね。私よりも5歳も年下なの~。メールに舞い上がって勝負パンツまで履いてきたってのに、出向いてみればその牝猫と鉢合わせ。それでアイツが言った一言は《あんな女、見たこともない》ですって。ふっざけんじゃないわよ、スケコマシ野郎! そこで憂さ晴らしの相手を探してたら、丁度キミを見つけたわけ。もう言いたいことは分かるよねぇ、ドゥ ユー アンダー スタ~ンド?」


 ――いや、意味が分かりません。


「ヘルプ、遊馬! この人、目がイッっちゃってるのネーっ! 日本の女性って恐ろしい……ここは修羅の国ダヨ!」


 遊馬は悲痛な巡り合わせに心を痛めて手を合わせる。

 テッドは鳴子に腰帯を鷲掴みにされると、人気の無い路地に連れ込まれていった。

 やがて平穏が戻り野次馬たちが四散する。

 そして遊馬とナズナ、花梨の三人だけがその場に取り残された。


「ほら見たか、花梨。悪いことすると、ああいう目に遭うんだぞ?」

「ご、ごめんなさい……今から心を入れ替えてよい子になります」


 すると、境内からドンドンと太鼓を叩く音が木霊して、アナウンスが流れ始める。


『まもなく、白雨神楽の奉納が始まります。ご観覧になりたい方は、本殿右手にあります舞台までお集まり下さい。繰り返しご案内致します――』


「もう、そんな時間だったのか」

「遊馬、これから何が始まるのですか?」

「この村に伝わる恒例行事でね、今から潤が巫女姿で舞を披露するんだよ」

「潤……さん?」

「ああ、そういえば、まだ話したこと無いんだっけ。俺の幼なじみで同じクラスメイトだよ。とにかく、何かとお節介を焼く口うるさいヤツさ」

「幼なじみ……」


 ナズナが急に立ち止まって動かなくなる。


「どうした?」

「見知らぬ人に話すと思ったら、足がすくんで……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「別にナズナが踊るわけでもないだろう? 平気さ、俺が傍にいてやるから」

「ずっと……ですか?」


 どれだけ臆病なのか……。出会ってからこんな調子だが、今までどうやって生きてきたのか不思議でならない。


 ――それが時折、可愛く映ることがあるのだけれど。


 遊馬がそっと右手を差し出すと、ナズナは俯いたままちょこんと指を乗せる。

 そして、空いた左手で花梨の手を掴むと遊馬は上へと流れる人波に身を任せ、境内へ続く石階段をゆっくりと上った。 

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