第13話手のひら

 俺はその晩寝つけなかった。

まるで夢にでもいる様で興奮がおさまらない。久しぶりに誰かを純粋に好きになり恋が成就したことにほとぼりが冷めないでいた。

 

気が付くと外はもう明るくなっていた。結局一睡もしないまま一晩を過ごした。

帰ってきてから多少メッセージでやり取りはしたがすぐにおやすみと連絡が来てから途絶えたままだった。それでも俺は上機嫌だった。


「おはよ。これから仕事行ってきます。大好きだよ。」

とメッセージが届いた。俺は朝飯を作っている途中だったのでそのメッセージに気が付いたのは飯を食べ始めてからだった。

 改めて付き合っていると実感した。これからは毎日こんなやり取りができるなんてものすごく幸せだ。

「行ってらっしゃい。俺も大好きだよ。」

そう返事して食べかけの朝食にはしを伸ばした。


今日は普段しない洗濯や掃除もしてまるで人が変わったかのようだった。自分の気持ちもすがすがしい。なんだかんだ終わったのは昼過ぎで特にやることもなかったので散歩に出かけることにした。


見慣れた景色だがどの風景も新鮮に思えた。いつもよりも足取りは軽いし俺は一体どうしてしまったのだろう。なんだか自分がおかしい。歩いている時もずっと笑顔で、周りからしたらとても怪しい人間に見えていただろう。

いつも歩いている道を歩いていたせいなのか気が付けばあの書店の前まで来ていた。特にこれから予定もないので暇つぶしに書店の中へ入ることにした。


相変わらず通りづらい本棚のスペースをゆっくり渡り自分好み小説が置いてあるところを目指す。この間買った本の作者がほかにどのような作品を描いているのかが気になった。その場所に着いてみると意外といろんな種類を手掛けていることに気付いた。パッと見三十ほど作品を書いているようで中にはシリーズものもあった。

俺はそのシリーズものが気になったので手に取った。あらすじを軽く読んで買うことを決めた。ほかにもなにか面白そうな作品がないか探し回ったが今日はどうやらこの一冊だけのようだ。

俺もどちらかと言えば頻繁にこの書店を訪れている方だと思うし、そんな早いスパンで文庫が入れ替わるものではないのもわかっている。俺はその本を購入し読みながら歩いて帰ることにした。

が、店を出た時だった。州夜の婚約者まゆに出会った。

「久しぶりだね土岐人君。」

手を振りながら言う繭魅。

「そうだな、いつぶりだったかな。今日はどうしたんだい?」

「家のやること全部片付けちゃったから暇つぶしにDVDでも借りてこようかなって思ってきたら土岐人君いるんだもん。びっくりしたよ。」

「そうなんだ。でもこれから忙しくなるね。」

「本当だよ。でも今はひと段落ついたしちょっと休憩。」

ニカッと笑う繭魅。

「それじゃその休憩思う存分羽でも伸ばしな。」

そう言って手を振って別れた。ちょこっとヤンキーの入った繭魅は正直真面目そうな州夜とは相性が悪いと初めは思ったが、だんだん話していくにつれて案外人情強かったり、時には乙女な一面もあって多分そのギャップに州夜はやられたんだと思う。今となればお似合いの二人だ。

あいつらが結婚するのが俺も自分の事のように嬉しい。そう思って俺は家路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る