第6話油断

 今は何時だろうか。

昨日帰ってきてから一人で飲みなおしてしまったせいで部屋の中が汚い。ふと携帯を見てみるとメッセージに「昨日はどうも御馳走様でした。またごはんのお誘い待ってるからね。」と送られてきていた。俺は嬉しかった。純粋に新しく友達が出来てしかも異性。彼女がいない俺にとってはものすごく大切にしたい存在になりつつあった。流石に俺にも女友達くらいはいるが、恋愛感情が芽生える様なことはない。とりあえず返事を送るか考えた。答えは決まっている。

「こちらこそご馳走様でした。またお互いに時間が合うとき一緒に行こうね。」


 俺は散らかっている部屋を片付けているときに気が付いた。テーブルの上に給料袋がある。そこにはこの間買った本が置いてあった場所。全部読み切る前にこの次元に飛んできてしまったのでもちろんその本はこっちの次元では買っていない。また買いなおさないとな。

ある程度片付け終わりその無くなってしまった本のためにまたあの書店へと向かう。今日は車で行くことにした。

あの書店のあの場所へと向かう。するとそこには美奈子さんがいた。

「昨日ぶりだね。」

俺が突然話しかけたから彼女は驚いてこちらを振り返る。

「えっ!登坂さんじゃないですか!本当にびっくりしたよ。」

とすねながら手に取っていた「街角で」のあらすじを読み始めた。

「それ面白いですよ。ヒロインの妄想壁が強すぎて絶対そんな男いねぇだろろって突っ込みたくなるような内容でね。」

「登坂さんこの本読んだんですか。それなら私も買ってみるかな。」

そう笑いかけて本を閉じた。

「俺も気になって買ったんだよね。まだ途中だから最後まではまだ知らなくてさ、続き早く読みたくて。」

「そんなに面白いなら私、絶対この本買う!今度この本の話でもしながらお酒一緒に飲もうね。」

「そうだね。共通の話題があるほうが盛り上がるしね。」

そう言って何気なく別の「街角で」を手に取った。というよりは取ってしまった。

「俺も早く買って続き読まなくちゃ。」

俺がにっこりほほ笑むと彼女は不思議そうにこちらを見ている。

「どうして家にあるのに同じ本を買うの?」

俺は、はっ!と思った途端パラレルワールドへ移動していた。

自分にとって望まない出来事があればたまに自分の能力が暴発してしまうのだ。

気が付くと書店に行くまでの道を歩いていた。ということはこっちの俺は歩いて書店へ向かっていたのか。もうすぐでその書店に着く。書店には美奈子さんがいる。でもさっきの約束は水の泡となっていた。仕方ない、自分のミスだ。俺は歩いて書店へと向かった。

出入り口で美奈子さんと出会った。

「あれぇ、登坂さんだ。昨日はどうも。」

「こちらこそありがとね。」

どことなく新鮮さが無かった。

「この書店でよく逢うね。榊さんも読書家なの?」

「そうなんだけどイマイチほしい本が無くてね。」

よく見ると「街角で」は買わなかったらしい。あっちの次元では俺が進めたから買ったけど、こちらではやはりあらすじだけ読んでやめたみたいだ。

「なら俺が今一番気になってる本今から買いに行くから一緒にどう?」

ちょっとわざとらしかったかもしれないが提案してみた。

「実は私も迷ってる本があるんだけどさ、わかった。その登坂さんのオススメ聞いてから考えてみるね。」

「よし。ならついてきて。」

そう誘って一緒に店内に入る。

もうあの本が置いてある場所は目を閉じていてもいけるだけ場所を把握していたので最短距離でそこまで行った。

「これだよ。」

俺は微笑みながらその本、「街角で」を手渡す。

「えっ、本当に?」

目が泳いでいてしばらく沈黙していた。

「これ私もずっと気になっていた本なの。いつも手には取るんだけどいざ買うって気にならなくてさ。」

彼女は目を見開きながら言った。

「実は俺もずっと気になっていてさ。だから今日はこれを買うつもりでここに来たんだよ。」

「登坂さんが買うなら私も買う!絶対買う!ていうか同じ本が気になってたなんて本当に偶然だよね。」

彼女は別の「街角で」を手に取った。

「登坂さんも買うんでしょ?」

そう言って彼女は、満面の笑みを浮かべてその本を手渡してきた。

「ありがとう。今度この本をさかなに一緒に飲みながら語らない?」

今度は俺から誘う。

「それ今私も考えていた!なんか登坂さんとは気が合うね。」

そう言って二人でレジに並んだ。順番が来るなり店員が「あの時のお二人さんだよね?あれ…?」とにやけながら聞いてきて彼女がうつむいた。それを見た俺は「ただの偶然ですよ。」と言ってその場をしのいだ。

「登坂さん、これを読んだら討論会開きますからね。」と言って彼女は帰って行った。

なんだかんだいろいろ焦った一日だったけど結果オーライか。そう思い家まで歩いて帰った。

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