第53話 別れ

 センリに外傷はない。投与されて薬物も翌日には排出され、自意識を取り戻した。だが、それは新たな地獄の始まりでもあった。裏切り者に助けられた汚辱と、それを売って助かろうとした惨めな事実は彼女を引き裂くには十分だった。

 ”特殺隊”は何も言わない、何とも思っていないからだ。真の意味で無関心であった。ヨシュアは何とか慰めようとしたが、センリは心を閉ざしたままだった。


「あとはまっすぐ行けば、出れます」


「……」


 センリ救出戦から数日後、センリとヨシュアはドゥーチェ首都の近くの森にいた。ここからでも、工事音が絶え間なく聞こえてくる、首都決戦は間近なようだ。

 この地にいるのは、センリが首都への帰参を希望したからだった。ヨシュアが付き合う道理はないが、痛む傷を押してまで参じたのには理由がある。

 スミの蟲により、既にヨシュア含め”特殺隊”は反逆者として手配されていることがわかっている。”令印”管理魔術師の殺害、センリ・アミリティの殺害、『ゴル村』住民の虐殺並びに建築物破壊、友軍兵士の謀殺、敵前逃亡が主な罪状であった。

 『ゴル村』と友軍兵士、つまりはセンリ隊の殺害については濡れ衣だ。恐らくセンリの連絡が普通になった時点で派兵し、そう結論づけたのだろう。センリも、既に死んだものとして扱われている。葬儀自体はまだだが、準備は着々と進められているようだった。”罪人部隊”の凶行に、嫌悪こそすれ疑問を差し挟むものもなく、すでにこの『事実』は各地に伝聞されていた。

 ヨシュアがセンリを引き留めるのも、戻っても苦難しか待っていないからだ。生きていたのは良しとして、どう弁明してもセンリの責任は追及される。部下を喪い、”白月”は取り逃がし、『ゴル村』は壊滅だ、おまけに”特殺隊”にも逃げられた。

手土産に彼女らの首を持てばまだ分も立つが、試みたところで返り討ちの未来しかなだろう。ありとあらゆるその座を狙う連中に、標的にされることは目に見えている。


「……ここまでで結構ですよ」


 それでも、センリは毅然としていた。ふさぎ込んでいた当初とは別人のように、高慢さを取り戻していた。凡そ憧れはしないが、どこまでも貴族を崩さない。


「私は、必ずアミリティ家を大貴族まで押し上げましょう」


 センリはヨシュアを真っすぐに見ていた。それは、己に言い聞かせているようでもあった。


「そして、恥知らずの罪人供に罰を加えます」


 ”特殺隊”、そしてヨシュアも入っているのだろう。名誉を穢したものには死を、それが貴族の掟である。


「っは」


 ヨシュアは苦笑した、救出後初めて本心から聞いた言葉は、感謝でも労いでもなく処刑宣告だ。いっそ、清々しかった。


「助けなきゃよかったよ……センリ少尉殿」


「助けられなければよかったです……ヨシュア市民兵」


 どちらともなく背を向けて、二人は歩き出した。そして数歩歩いて、同時に振り返った。どの言葉も本心である、本心であるがゆえに、嘘つきだ。

 見つめ合う二つの顔は、年相応の青年と少女のそれであった。すぐさま霧散したそれを置いて、貴族と市民兵は別れた。


 

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