第52話 逃亡生活

「いたたた!」


「我慢……してください」


「暴れるんじゃない! 男の子さね!」


 蟲の粘液で肩の火傷を消毒するスミが、呻くヨシュアを窘める。暴れたくても、彼はカーシャに押さえつけられて身動き一つとれないが。


「くさ~い~」


「近寄らないでよね!」


「お前たちは怪我人に優しくするとかないのか?」


 ヨシュアには珍しく、いつも通りの彼女らに皮肉を飛ばしたくなる痛みであった。


 今いるここがどこかは定かでない。荒涼とした荒野に立っている、朽ちた石造りの建物の中だとはわかるが、見たことのない造形で見たことのない地名。周囲には人や町どころか、生き物の気配も希薄である。ドゥーチェどころか、周辺国ですらないのかもしれない。

 女軍人との一戦に勝利し、センリを救出した後ヨシュアと”特殺隊”は、移動魔法を繰り返しながら自身の治癒に努めていた。というのも、どこに飛んでも半日もすれば”白月”が追いかけてくるからだ。第3の兵の探知能力は相当らしい、幸い足は速すぎるが限界がある。追跡を承知で移動し、危うくなればまた別の個所に飛ぶ、何回繰り返したかはわからないが、それでも諦めない”白月”も相当だ。

 ヨシュアとスガワ、トゥーコは勿論、”白月”と戦い隊員たちも傷を負っている。ヨシュアは肩に消えない火傷を負い力が弱まっている。おまけに左耳を喪った、このままでは壊死してしまうとスミに言われ、切除する羽目にもなった。日常に支障は出ないものの、無視できない喪失だ。

 その点、”白月”との交戦である程度死を覚悟しながらも、大きな傷を負わなかった隊員たちは皮肉であった。目的の達成には、どうであれ犠牲がついて回るらしい。


「あんたのせいなんだからね!」


「困りますわ……魚の糞みてえに引っ付いてきやがる!」


「ベッドで寝たいのに」


「疲れが取れません、イヴは魔法を使いすぎです」


 更にヨシュアは散々罵られた、大きくはないが”白月”戦で傷を負ったこと、尚も追われ続けていること、諸々溜まった鬱憤をぶつけられている。無論信頼の裏返しでもあるが、満身創痍では堪えに堪えた。

 口喧嘩で勝てるわけもない、ただ黙って、嵐が過ぎるのを待つしかなかった。『何故置いて逃げず、尚且つまだついてくるんだ』という当然の疑問をぶつけると、余計に怒られた。

 全員無事だったのは嬉しいことだが、肉体の損傷と女軍人を手にかけた後味の悪さは拭うにまだまだ時間がかかりそうだった。いつまでたってもこれは慣れない。『ゴル村』の人々や捕虜はどうしているだろうか? 確認しに行きたいが、”白月”に追われている以上それも儘ならない。一難去って三難四難、ヨシュアの悩みは尽きそうもない。


「隊長! 飯だぞ!」


「きょ、今日も乾燥肉です……」


「わかったわかった」


 ともあれ、今は安らぎの時である。スガワとトゥーコも、わだかまりが融けたようで一安心。全員で食べ、全員で呑み、全員で喧嘩し、日々は流れていった。


 そして―


「少尉、食事ですよ」


「……」


 独り口を閉ざし続けている、センリにも平等に日々は流れていく。

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