第51話 決着

 女軍人には、九分九厘負ける要素がない。火炎旋風を起こし、ヨシュアに火球を飛ばす、それだけでいいのだ。スガワとトゥーコは焼死、ヨシュアは窒息する。


「スガワ! トゥーコ! 逃げろお!」


 だが、誰もがいつでも正しい行動をとれる訳ではない。それが出来れば過ちなどは存在するはずもないのだから。

 此度女軍人を駆り立てたのは、ヨシュアによって失神させられた屈辱の記憶だった。治ったはずの鼻が、微かに痛んだ。


「‼」


 矜持が、万が一を選択してしまった。二人への火炎旋風よりも先に、ヨシュアに火球を放ったのだ。


「っがあ⁉」


 火球の一つが、ヨシュアの肩に直撃する。焼け焦げ、残り火を携える肩を抑えながら、絶叫と共に槍を落として倒れこむ姿を見て、女軍人は絶頂を覚えた。これまでドゥーチェ人を手に掛けた時にはない、全くの新感覚に我を忘れるほどだった。

 

「⁉」


 だがそれは数秒も続かなかった、足の激痛に、彼女は現世に引き戻されたのだ。見ると、孔が穿たれ血が流れている。


「な―」


 複数の銃声に、再びの激痛と増えた孔。溜まらず倒れこみながら、ようやく女軍人は何が起きたのか理解できた。


「頭を狙えよ‼」


「む、無茶言わないでください」


 放置していたトゥーコの銃撃に晒されたのだ。そればかりか、いつの間にかスガワにも接近を許していた。決して油断していたわけではない、だが、ヨシュアへの攻撃の快感が彼女の判断能力を一瞬奪っていたのだ。攻撃も無駄ではなく、トゥーコに怪我と熱で狙いを定められずにはいたが。


(馬鹿な……)

 

 女軍人の心中に、自問の嵐が吹きすさんでいた。極限状態では、自分でも説明できない行動をとることはままある。そんなはずはない、自分は自惚れやら油断と最も遠くにいたはずだ。ましてドゥーチェ人一人に、心乱されるなど……


「死ね‼」


「‼」


 飛びかからんとするスガワに、女軍人は急いて生成した焔の鞭を払った。立ち上がれず、足腰を利用せず腕のみでの攻撃なため正確さに欠けるが、触れれば焼き切られる恐怖がスガワに回避行動をとらせ追撃は阻止できた。おまけに、スガワは体勢を崩して倒れこんだ、怪我はまだ治っていない。


「罪人が―」


 女軍人はそのまま焔鞭をスガワに叩きつけようとして、銃声に気づいた。トゥーコもいるのだ。焔の壁を……いや、このままではその温度に自分も耐えきれない。もう少し距離を―またも、スガワを殺せる絶好の機会に迷ってしまった。


「つあっ‼」


「‼」


 そこにヨシュアが襲い掛かった、槍を焦げた肩と反対の手に持ち替えて、女軍人の頭を狙ってだ。


「‼」


「あああああ⁉」


 焔の剣であった、女軍人の掌から伸びたそれは、ヨシュアの頭部に一直線に伸びている。頭蓋骨を貫き、脳を焼く致命の一撃だ。


「あああ~‼」

 

 だが、それは逸れてヨシュアの耳を貫いていた。熱と激痛の苛まれつつ、ヨシュアは尚も槍を振り下ろす。


「このお⁉」


 最早何もない、ただただ目の前の危機から女軍人は逃れることしか考えられない。横だ、焔剣を横に払えば頭部が輪切りになって―


「死ね‼」


「ぐうう⁉」


 女軍人の脇腹に、強烈な痛みが走った。スガワの刀だ、またしてもヨシュアに拘って一撃を許していた。ご丁寧に刃を捩じりこまれ、恐らく内臓をやられた。

 もはや助からないと理解できても、女軍人は動じない。いずれこうなることは、日々心に刻んでいた。殺戮の反省を誇りはしないが、悔やみもしない、そうなるべき決着だ。

 だが、せめて、せめてこのドゥーチェ人だけは。この男だけは―


「ああああ!」


 ヨシュアは、槍を握りしめて再び振り下ろした。反動で焔剣が押し込まれ、耳に完全に穴を開け、肉の灼ける嫌な臭いが立ち込めた。


「ぐえっ」


 ぐじり、と嫌な音がして、槍の穂先が女軍人の首に突き刺さった。

 捩じり、素早く引く。満身創痍でもそれを忘れないヨシュアの御蔭で、女軍人の意識は素早く断ち切れた。


「ヨシュ―」


 最期の言葉は、聞き取れない。


「っ……」


 ヨシュアは疲労困憊で倒れこんだ、肩に耳、激痛で話すことも辛いがやらねばならないことが残っている。


「少尉を……」


「か、確保です!」


 トゥーコの言葉と同時に、照明弾が撃ちあげられた。瞬時に、”白月”の時と同じく光に全員が包まれる。

 


 

 


 

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