第50話 勝機

「‼」


 トゥーコが女軍人を銃撃するが、弾丸が最高速度に達する前に焔の壁によって溶かされ届かない。恐るべき熱量であった、その代償として、間近に展開すると自身も灼けるという弱点もあったが。


「ほら! そっち持て!」


 スガワがトゥーコに怒鳴る、まずはヨシュアを避難させることが先決だ。戦闘では相も変わらず足手まとい、自分たちとしては女軍人と戦うメリットはない。トゥーコに照明弾を打ち上げさせ、イヴに運んでもらいたい。

 問題は、ヨシュアの目的である。センリの救助か、目の前で死亡し諦めてもらわねば、このまま逃げても必ずヨシュアは戻ろうとするだろう。かといって女軍人はセンリを放置しているし、自分たちで殺せば本末転倒である。


「だめだスガワ! 廻りを見ろ!」


「ああ⁉」


 ヨシュアに言われて周囲を伺うと、山火事に囲まれていることに気づいた。熱気とガスが充満し、喉が灼けるようだ。これでは逃げたところで焔に巻かれるだけだろう。

 再び火球の雨が降り注ぎ、ヨシュア達を襲った。スガワとトゥーコが直撃しそうなものは払いのけたが、それも女軍人の狙いである。火球を消せる訳でもなく、散った火の粉がさらなる火事を引き起こし、ますます山火事を拡大させていく。

 女軍人の立ち位置は完璧だった、高位で風上、山火事の危険はなく状況が瞬時に把握できる。ヨシュアの行軍を読み切った上での、陣取りだ。


「糞がっ‼」


「ど、どうしましょう?」


「お前たちなら逃げられるだろう‼」


 ヨシュアの一言に、スガワとトゥーコは凍り付いた。

 ヨシュアには、別段何という言葉ではなかった。トゥーコはもちろん、スガワなら今の状況でも逃げに徹すれば可能である。自分の我儘に付き合う道理はないのだから、逃げればいいのだ。

 だが、それは二人には突き刺さった。無論、ヨシュアに含むものは何もない、だがこの状況のその言葉は、前回の戦いを揶揄しているようにしか思えなかった。


「……!」


「……!」


「な⁉」


 二人とも策を練るタイプでないことが災いした。沸騰した血は、一刻も早くこの原因となった女軍人を排除する為に肉体を突き動かしていた。一直線に、彼女目掛けて走り出したのだ。


「獣が」


 それは女軍人の思うつぼだった、火球の弾幕をより一層厚くし、二人を迎撃する。直撃を許す彼女らではない、だが、怪我のため足はどうしても鈍ってしまっている。

ましてや登り道、ふり払うために止まった体は、絶好の的だった。


「死ぬがいい!」


 女軍人は火災旋風を巻き起こし、仕留めにかかった。当たらずとも更なる熱気とガスは致命的だ、遠からず勝利は確実だが早くに越したことはない。”白月”が戻ってくれば大望は果たせないのだから。


「やめろお‼」


 ヨシュアはあらん限りに咳き込みながら叫んだ。縺れる足と咳き込む喉、揺れる視界で槍を脇に抱え、突撃したのだ。あまりにも無為無策だった、不意を討つのではない、二人から注意を逸らさんがための特攻だ。


「さらばだドゥーチェ人!」


 女軍人には勝負の決め所だった、二人を葬るために旋風を起こしてから、ヨシュアを迎撃することで十分に間に合う。九分九厘、勝機をつかんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る