第49話 必斃

 ヨシュアは走った、一発の威力はさほどではないが火傷は避けられない、当たれば動きが鈍り追撃を食らいやすくなるだろう。

 木々や草花に着弾した火球が燃え広がって、早くも山火事の様相を見せていた。


「離れてどうする?」


 煽るように、女軍人はヨシュアに呼びかける。無論、解ってて揶揄っているのだ、ヨシュアが遠距離から攻める手段を持っていないことは明白だ。ならひたすらに距離を取ればいい、一撃で倒す必要はない、火力よりも手数を増やして体力を削るのが狙いである。自覚はしていたが、弱点として彼女の操る焔は、手を離れると操作することができない。前回の敗北を糧として、精密を要求される場面以外では接近を控えていた。


「この‼」


 必死に逃げつつ、ヨシュアは時たま石や土塊を苦し紛れに投げつけるが、良くて女軍人を『目掛けて』飛んでいくくらいで、当たりそうもなかった。


「逃げてばかりか?」


 広がる山火事の焔を渦巻かせ、局所的な火災旋風を発生させヨシュアを追い立てる。これも随意で動かせはしないが、発生する熱気と煙は彼にとって十分な脅威である。高音の焔を混じらせた空気や有毒なガスは、吸い込むだけで肺を侵す。火事の際の死者の殆どが、窒息関係のものなのだ。


「ぐっ、ごほっごほっ」


 どうにか抜け出たものの、咳き込んでヨシュアは倒れこむ。それでも女軍人は油断しなかった、この男に用心深すぎるということはない。それに―


「‼」


「やはりな」


「⁉」


「おっと」


 当然潜んでいるだろう、”特殺隊”の攻撃にも備えなければならない。甲斐あって、スガワの背後からの突きと、トゥーコの銃撃を躱すことに成功した。予想以上に容易かったのは、二人の怪我による動きの鈍化と、ヨシュアの救出を急いだための拙攻によってである。


「はっ‼」


 女軍人は焔の壁を築き、二人を遠ざける。二人もそれ以上攻め入らず、ヨシュアの補助に向かっていった。


「隊長」


「だ、大丈夫ですか⁉」


「スガワ? トゥーコも……?」


 ヨシュアは二人に抱えあげられ、驚きを隠せなかった。彼女たちが自分を追っているだろうとは、夢にも思っていなかったからだ。無論、どこかで期待していなかった面がないわけではない、だがあまりにも今回は度が過ぎていた。何かの謀略かとも疑ったほどである。

 相も変わらず彼は鈍すぎ、彼女たちは強情すぎた。


「……」


 その時、女軍人の心に浮かんだものを説明するのは難しい。

 彼女が”白月”の捕虜命令を守らず、頑なにヨシュアの殺害に拘るのは、彼を認めているからに他ならなかった。認めているからこそ、殺してしまわねばならない。

 彼女にとってドゥーチェ人は、故郷を破壊し、殺し、犯した獣だ。家族を喪い、軍に入る以外の人生を潰した。根絶やしにする以外の道はない、悪そのものである。それでも、戦地を駆け数多くのドゥーチェ人と出会ううちに真っ当な者と出会うことも当然あった。

 絶対悪は存在しないが、それより厄介な『状況悪』は至る所に満ちているのだ。善良でこそないが平凡な人間が、思想や国勢、集団意識で身の毛もよだつ行為を平然と行ってしまう事実は、今のドゥーチェが実証してしまっている。

 そのような人々を、彼女は必ず殺して来た。ドゥーチェ人は須らく悪であるべきであり、例外は存在しえないというのが彼女の持論であり、それを証明せねばならなかった。

 ヨシュアも、その一人である。そして今までで最も『真っ当』な男だった。だからこそ、”特殺隊”と組んで、尚且つ慕われているらしい現状が気に入らない。”白月”の『洗脳されている』という言葉も、あながち間違いでないと思い始めていた。


「……殺す」


 女軍人は改めて有言し、使命を全うする覚悟を固めるのだった。

 




 

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