第48話 ドゥーチェ人

 ヨシュアは槍を握る手に力を込めた。一瞬の油断が命取り、格上相手ならば猶更だ。


「現れるとは思っていたが……」


 女軍人は、称賛半分呆れ半分といった顔だった。ヨシュアが来るだろうという予測はしていたが、実際目の当たりにするとまた別の感慨が生まれて来た。


「少尉?」


「……あえ……」


 女軍人の側のセンリは、とろんと濁った眼をヨシュアに向けた。目立った外傷はないが流石に自慢のドレスと鎧は傷だらけだ、おまけに薬物か”異能”か、意思疎通のできる状態ではない。それでも矜持は残っているのか、顎を高く上げているのは流石だった。


(くそ……)


 センリの助力が得られそうになく、ヨシュアは心中で毒を吐いた。期待としては薄かったし、”異能”の相性が不利と言うのも認識していたが、一人で戦うにはあまりにも強大すぎる相手だった。

 

「リクは?」


「?」


「”白月”の事だよ」


 女軍人は、低く笑った。


「どうやってあの人を誑かした? 随分執心のようだったがな」


「どこだ?」


「さてな」


 ”特殺隊”を追っているのならば、彼女らはすでにイヴの魔法で撤退しているはず、空振りだ。追撃を試みるか、一度戻るかはわからないが、即座にここには来ないだろう。第3の兵士の姿もない、やはり後方にいるのだろうか。


(参ったな……)


 ヨシュアが思い描いた最良の結果は、”白月”を説き伏せ穏便にセンリを解放させることである。狂人とは言え話は通じる、危うい賭けだが最も希望はあった。

 だが目の前にいるのは、ドゥーチェ憎しの女軍人だ。”白月”から生け捕りにするよう命令が出ていたとしても、『事故』や『手違い』を起こしだろうことは明白だ。

 

「ドゥーチェ人」


 女軍人はセンリをその場に置いて、一歩ずつヨシュアに歩み寄ってきた。ヨシュアは反対に一歩ずつ下がる、手の内のいくつかはわかっているが、それだけのはずがない。

 前回は殆ど奇跡に近い勝利だった、不意をついての奇襲は2度も成功しない。女軍人は遠距離から火球をひたすら撃てばいいだけだ。軍服も新調していて引火による自爆も期待できない。あとは長い拘禁に加え、解放されてから時間が経っていない以上体が本調子ではない事に賭けるしかない。正直”白月”が戻るまでの時間稼ぎができるとも思えなかった。


「何故戻った?」


 ヨシュアには不気味この上なかったが、語り掛けてながら接近してくるのは絶好の機会でもあった。焔の鞭、他にも近接用の備えがあるにしても槍の届く範囲にいれば勝機は僅かながらある。もっと、もっと近づけたい。


「少尉に用が、な」


「助けにか?」


 声に、愉しむような音色がまざった。


「ああ」


「このドゥーチェの女は、貴様らを売ったぞ」


 女軍人は、当初ヨシュアとの間にあった距離の半分ほどで歩みを止めた。顎に手を当て、酷く酷薄で美しい笑みと共に。


「恥知らずにも降伏し”令印”のことも話した。さらに命の保証をするなら、貴様らを自ら片づけるともな」


 ヨシュアはセンリを睨んだ。罵声の一つも浴びせてやろうと思ったが、腑抜けた顔にその意義を失い、女軍人に向き直った。

 センリにすれば至極まともな行動だろう。逃走を図った忌まわしい罪人部隊と自分の命、比ぶるべくもない。それ以前の諸々の根本的な問題を別にすれば、彼女に間違いはない。だが、ヨシュア達が納得できるかは別だ。おまけに女軍人の口調からは、”令印”を発動したようにも受け取れる、いや、実際に発動したのだろう。


「このような愚図のために戻るとは、ひたすらに愚かだ」


「そうだなあ……」


 思わず賛同してしまうヨシュアだった。実際、後悔が渦巻いて嵐を形作りつつある。何故戻ってしまったのだろう。もし救出に成功したら、一発くらい殴ってもいいだろうかと思い始めていた。


「逃げないのか?」


「うるさい、できればとっくにやってる」


 それでも見捨てられないのがヨシュアだ。センリが腹立たしく、死んでしまえとさえ思うが、助けることを諦めはしないのだ。

 女軍人の顔から、笑みが消えた。


「……訳がわからないぞ、自分の立ち振る舞いが分かっているのか?」


「少尉を助けに来ただけだ、文句あるか」


 愚かなのは重々承知、あとは貫き通すのみ。


「やはりよかった」


 女軍人の手から、火球が無数に浮かび上がり宙に留まった。この距離でも伝わる熱気に、ヨシュアは息を呑む。熱さに反して、冷や汗が止まらない。

 女軍人が、ヨシュアを見据える。どこか寂しそうで、儚げな表情だった。


「お前のようなドゥーチェ人がいては、決心が鈍ってしまいそうだ」


 流麗な女軍人の手の動きに呼応して、火球が一斉にヨシュアに襲い掛かってきた。


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