第47話 相対

「はあ……はあ……」


 ヨシュアは、へばって座り込んでいた。何のことはない、向かうべきところは遠く、彼は意気込みすぎていた。まして起伏の多い山道だ、初っ端から飛ばしすぎ、息切れを起こしていた。


「くう……」


 水が欲しい、槍では喉を潤せない。都合よく小川のせせらぎも聞こえて来なかった、草に露でもいていないかと撫でてみたが乾燥しきった感触しか返ってこなかった。

 スガワとトゥーコは、姿を見せず木陰からヨシュアを観察していた。ヨシュアが思う以上に、『ゴル村』の一件は彼女たちに影を落としている。ヨシュアが許しても、容易に消えてはくれない。

 レクスらの思惑とは別に、彼女たちはこの任務に執着していた。そもそもの原因となった女軍人がいる可能性は高い、それを殺せれば、彼女たちはヨシュアと真っすぐに向き合えるのだ。傷は麻酔と高揚感で然程痛まない。


「はあ……」


 ヨシュアは重い腰をあげた、まだまだ先は長く、時間は限られているのだ。

 歩きながら、ヨシュアは今になって後悔の念が湧いてきている自分に気づいた。彼女たちに自分が何かできるとは思えないが、この決断が良い方向に働く保証もない。いつも、一時の勢いと興奮が冷めれば、自分のしたことの馬鹿らしさ愚かさがひしひしと迫ってくる。父の教えた正義感とは別の、自分で培った現実主義の心がそうさせている。

 折角それを捨てる絶好の機会があったのに、ふいにしてしまった。実行していれば、少なくともこうしてのどの渇きに苦しんではいなかったろう。


「全く……」


 だが、同時に感じる満足感が、自然とヨシュアを綻ばせた。結局のところ、彼は彼でしかあり得ない。人は欲望のためにしか動かないのだ。


「ドゥーチェ人」


 声の方向に、ヨシュアは慌てて槍を構えた。笑みを消すのが遅れなかったか気がかりだ。

 森の奥、木々を縫って女軍人と、拘束され膝を地に付けているセンリの姿があった。

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