第46話 乙女たちよ

 センリが囚われているだろう山の頂上目指して駆けだしたヨシュアを、スガワとトゥーコが追った。怪我が完治しきっていないために動きは鈍いが、ヨシュアを追うくらいならば訳はない。


「総員、臨戦態勢」


 レクスの一言で、一斉に隊員たちは得物を構える。待ち受けるのは勿論、”白月”だ。


「”人斬り”と”臆病兎”なんかで大丈夫なの?」


「し~んぱ~い~しかな~い」


 リザとジャニの言葉に、皆が心の中で同意し、それ以外の選択肢がないことも理解していた。”白月”と戦うなら、全員が万全で策を練ってようやく5分、二人の負傷者が要る時点ですでに不利だ。おまけに嵌める準備も時間もない。その条件で、どうにか”白月”を足止めし、ヨシュアを護り、その目的を果たさせ撤退を完了するには、”白月”の戦いで役に立たない二人を送るしかないのだ。それ以外ならば、自分たちが壊滅してしまう。


「”白月”、接近」


 木の飛んで行った山の頂上から、また何かが飛び出した。”特殺隊”に迫るそれは、太陽を背に浮かび上がる影を徐々に大きく、鮮明にしていく。特徴的な巨大な頭部の影は、まず間違いなく”白月”だった。


「全く隊長さんは!」


「頭に泥でも詰めるべきではありませんこと? ……いやそれでもぬるいぜ!」


「さすがに……ちょっと……」


「あまりのことに、イヴは寒気を感じます」


「やっぱり『事故』らすべきだったわ」


 皆が口々にヨシュアを罵倒した。予測はしていたものの、こうも当たってしまうと白けるものがある。無理もない、おかげで命を晒さねばならないからだ、ようやく”令印”から逃れたのに、ここで死んでは笑い話にもなりはしないだろう。おまけに、逃走手段である移動魔法を使えるイヴを守りながらの守勢を強いられる。元来彼女たちは護衛などとは縁遠い、何もかもが不利な条件である。


 にも拘らず、誰一人として逃げようとしなかった。


 変わらないのは、彼女たちも同じだった。足掻き、生き延び、享楽に耽る。個人差はあるが、『それ』に目覚めて闇の世界に身を委ねた時からの主義である。殺人欲、金銭欲、支配欲、嫌悪され蔑まれ恐怖される、凡そ正道から外れた凶事が彼女たちの行動理念であった。耳聞こえの良い言葉で取り繕ったところで、自分たちを非難する連中もそうは変わらない、違いは隠すか隠さないかだけ、そう嘯きながら。


 だからこそ、彼女たちはヨシュアを見捨てない。初めて、人生で初めて発見した太陽なのだ。役立たずで、迷惑で、誰からも認められそうもない、本人ですら矛盾に苦しめられている、『本物』の善意を持ちそれを捨てない男。欲深な彼女たちは、これまでもそうであったように、絶対にそれを手放したくなかった。愚行でも躊躇わない。ヨシュアなしで、生きていくのは嫌だ。死への抵抗以上に、”特殺隊”を繋ぎ止めていた楔だ。誰もそれを、口にも態度にも出さなかった。そうしてしまうと、今までの行動原理と同じに過ぎなくなってしまいそうだった。

 他者から見れば戯言、妄言だろう、死に値する罪人が何を言うのかと。だが、彼女たちには命よりも重かった。最もただ盲信するのみではない、彼を護りはするがそれを越えた危機が襲うなら、彼自身で乗り越えねばならない。


「来るわよ‼」


 すでに、凄まじい速度で降下してくる”白月”の姿が肉眼で捉えられる距離にあった。例の如く、歯と歯茎を剥きだした凄まじい笑みを浮かべていた。


 ”白月”は兎も角、”特殺隊は”頑として認めないだろうが、この戦いは、恋する乙女のそれであった。

 


 


 


 



 

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