第45話 大馬鹿者
「レクス!」
ヨシュアは、レクスの名を叫んだ。何を言うべきかはわかっている、逃亡を指示すればいいのだ。指示すら本当は必要ない、言われずとも彼女たちはすでにその準備に入っているはずだ。
ヨシュア自身の、過去への決別も兼ねた鼓舞に過ぎないのだ。決心のあとには、有言あるのみ、より一層覚悟が決まる。
「レクス……!」
なのに、言葉が続かなかった。『逃げよう』、それだけなのに。
「レクス……」
人質はセンリだ、傲慢で人を人とも思わない、虫唾の走るような貴族の典型。自分たちを虫の如く扱い、部下すら平然と見捨てた女。あの夜の独白を聞いていたとしても、”白月”と相対してまで救う価値があるとは思えない。
だからこそ、ヨシュアは『逃走』を叫ばなければならない。彼は生まれ変わったのだ、どんな時でも、誰が相手でも、どんな困難が待っていても押し通した挙句にこの状況を招いた、くだらない『正義感』と完全に決別するために。センリを助けようとしただろう、過去の自分から羽化するために。
「……」
言葉は、発せられなかった。決別するはずのそれの放った、横槍によって。
あまりにも愚かだった、『善行』にも限度がある。一人では、絶対にセンリは助けられない、”特殺隊”の協力を得られても、果たして可能性があるかどうかだ。まして、”令印”からようやく解放された彼女たちに、その命を無価値と分かり切っている貴族娘一人のために投げろなどと言えるわけがない。何より、最早彼女たちに元隊長に過ぎないヨシュアに従う義理はないのだ。そしてイヴの魔法による逃走手段がある以上、それで逃げればいい、端から全てが成立していない。
何もかもが、最悪の結果をヨシュアに指し示していた。所詮、片田舎の世間知らずの頑固親父に倣った、鼻で笑う価値もないちっぽけな意志。微塵も現実を揺るがすことのない、取るに足らない薄刃。
「大尉を……俺は助けに行く」
そしてそれは、大馬鹿者を奮い立たせてしまった。いつかのように、いつものように、ちっぽけでどうしようもない『善人』にほんの小さな勇気と力を与えて。
「お前たちは、逃げろ」
結局彼は変われない。それでも意地はある、”特殺隊”の協力が不可欠と知ったうえでも、頼まなかった。怖かった、心細かった、それでも彼女たちは巻き込むまいと決断した。ようやく”令印”から解放されたばかりなのだ。
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