第44話 高貴な捕虜
隊員たちは、思いのほか冷静だった。可能性の一つとして、あらかじめあったものである。”白月”麾下の兵の見逃し、”令印”解除用の偵察に重きを置いたゆえのツケだった。”白月”の登場からこれまでの時間が短いのも、一因である。
その状況でも、『ゴル村』一帯をカバーしていたスミの蟲とリザの黄金は確かだ。この場を早急に、出来得る限り正確に把握していた。索敵範囲の外にいた以前と違い、これだけの距離なら届く。
「3人です……北に」
「貴族じゃ~ないから~、部下かも~奪還した~」
スミの言葉に、ジャニが揶揄うように答えた。
「おい、貴族って大尉か?」
目ざとくヨシュアが聞き取った。
慌ててカーシャが、ジャニを殴りつけ誤魔化すように笑った。
「き、貴族は他にもいるさね!」
「こ、こんな奴のこと真に受けるんじゃないわよ!」
カーシャとリザの態度に、ヨシュアは大体を察した。センリが『無事』とは言えない状況にあるのは、確かなようだった。自分を騙すために受け入れた『嘘』が早くも霞み始めていた。もし、彼女が危機的状況にあり、助けを求めていたなら……。
「……レクス、どうする?」
割り切ったはずの心を抑え込み、ヨシュアは目の前の脅威に無理矢理集中することにした。自分は生まれ変わったのだ、そう言い聞かせる。
現状、”白月”に加え他2名がいる、ただでさえ薄かった勝機が皆無なのだ。2名の内一人が焔使いの女軍人だったなら、尚の事だ。もう一人も同等の手練れなら確実に殺されてしまう。
「まずは―」
「ヨシュアさ~ん‼」
レクスの策を、またも”白月”の叫びが遮った。レクスはほんのわずかに、眉間に皴を寄せる。
スミは仰天していた、相当の距離があるはずなのに、これほどの大声を発せるとは。やはり、身体能力が常人の比ではないと改めて実感できる。同時に、リザを始め隊員の何人かは堪えきれず噴き出していた。危機的状況ながら、この声ばかりは耐えられない。
「ここまで来てくださ~い‼ 一人でですよ~‼」
北の山の頂上付近から、木が一本空に飛んで行った。土を落としながらの根が確認できるところを見ると、引き抜いたらしい、何とも豪快な自己主張である。大きすぎる声と言い、ひどく興奮しているようだった。ヨシュアの知る限り、もっと大人しい性格のはずである。
「行っては、いけない」
「……ああ」
罠の可能性は高い。”白月”の興奮具合から見ても、話し合いでどうにかできる段階ではなさそうだった。元々がジャニと同類の”狂人”である。そればかりは、ヨシュアでも認めざるを得なかった。
にも拘らず煮え切らないのは、割り切ったばかりの生まれ変わりの決意が揺らぎ始めたせいである。生存の可能性が出て来たセンリはもちろん、洞窟にいるはずの村人や捕虜、故郷、さらには女軍人のことまで心に滲みこんできそうなのを、必死に押しとどめている。
「来ないと、このアミなんとか家の人は返しませんよ~‼」
偶然かもしれない、動揺を誘うためかもしれない。だが、思わず北の山をヨシュアは見た。その心の隙に入り込んだものが、心臓を早鐘のように高鳴らせ始めていた。
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