第40話 解放
頬に感じる微かな違和感が、痛みへと変わっていく。
「わあ⁉」
「おお! 起きたさね!」
仰向けに寝そべるヨシュアの目の前に、カーシャが膝立ちでいた。手が拳の形に握られている、もう少し起きるのが遅ければ、鉄拳を目覚ましにお見舞いされていただろう。
腹の傷が縫われ、もう一方の拳に包帯が巻かれていた。彼が”白月”との戦いの最中意識を失ってから、いくらか時間が経っている様だった。
「隊長さん!」
「ようやく起きたのね」
「よかったです……」
他の隊員たちが、続々集まってくる。身を起こすと、遠くにはスガワとトゥーコも見えた。まだわだかまりを感じているようで、手を上げるだけで近づいてはこなかったが。
「大丈夫ですか? イヴは手当してあげます」
「引っ込んでな”天帝”‼」
「あなたこそお消えになってくださらない? ……くっせんだよ筋肉達磨が‼」
「待て待て」
諍いを始める彼女たちを宥めつつ、ヨシュアは状況の把握に急いだ。森の中のようだが、明らかに『ゴル村』の近くではない、木々が細く若い。”白月”も、センリの姿も見えなかった。
何より隊員たちに纏う殺気がない、イヴも普段の姿のままである。天国かとも一瞬思ったが、それにしては現実味がありすぎた。魂に、地面に接しすぎて尻に感じる湿り気はあるまい。
「何があったんだ?」
「わたしのおかげです、イヴがやったのです」
「うそ~つき~」
レクスとリザ、イライジャの参謀組が歩み出る。心なしか、皆表情が柔和だった。
「あいつ……リクを倒せたのか?」
「そっちじゃないのよ、あと、名前で呼ぶのやめなさい」
イライジャがヨシュアの頭に膝を貸し、沈静香を撒きながら補足した。
「”令印”の方の作戦よ」
「な、なんだそれ?」
「隠密を期すため伝えていなかった、謝罪する」
レクスが、僅かにだが頭を下げた。
「あたしと”蠱惑姫”で、本国の魔術師探ってたのよ」
「……”令印”のか?」
「そう、あたしらが組まされてからずっとよ」
ここまで聞けば、ヨシュアでも理解ができる。”令印”をいつでも発動できる動力源たる魔術師を、どうにか排除しようと狙っていたという事だろう。ヨシュアにも伝えずに、極秘裏にでだ。結成当初ということなら、中々の長期計画である。
「けど、警護が厳しくて……大変でした……」
「全く、本当に馬鹿よね。こんなのにあんな戦力を投入して、少しは脳味噌なかったのかしら」
「解除できたのか?」
「首都攻撃があったでしょ?」
イライジャの香と指圧が、ヨシュアの体から力を抜いていく。ともすれば思考超過を起こしそうな頭を、ほどよく緩めているのだ。
「正確には攻撃隊を撃滅した後ね、戦勝祝いで酔いつぶれたところを……」
「蟲さん……やってくれました」
リザが顔を赤らめる、褒めてくれという意思表示だろうか。その横で、イヴが己の存在を訴えるように跳ねていた。
「正直助かったわ、あれがなかったらもっとかかってた」
要は、生殺与奪権を握る対象の暗殺に成功したのだ。”白月”との交戦の最中、それを達成した彼女らは、イヴの魔法によって戦線を離脱したのだろう。治療を見るに、あらかじめここは目をつけていた場所の様だ。
魔術師といえど、政治的軍事的に高位に位置する要人である。殺人、それも戦時中の重要戦力とあっては、罪状に内乱首魁が刻み込まれるのは避けられない。
「戦況の悪化がなければ、覚束なかった」
「首都の3割くらいの警護がいたわね、日常生活まで監視とかなんで変なところで律儀なのかしら」
「しかし良かったわ、”白月”には勝ち目がなかったもの」
が、彼女たちが微塵も気にする訳はなかった。元々は死刑囚、愛国心等持ちようはずもない。むしろ、復讐心を持っていないだけマシかもしれない。ここで”特殺隊”に参戦されては、ドゥーチェもいよいよ立つ瀬がない。
「……」
ヨシュアは、ただただ放心していた。彼女たちは理不尽な呪縛から解かれた、だが、それはあまりにも呆気なく、自分の預かり知らないところで始まり終わっていた。喜びは出てこない、かといって何に対して怒っていいのかもわからない。知らされていたところで、情報漏洩の危険が増すことしかないと理解できてしまっていた。
「……イライジャ」
「何?」
「……飲み物あるか?」
身近なことから片づける、ヨシュアはそうするしかなかった。今はとりあえず、喉が渇いている。
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