第39話 転機
「森から来るわよ‼」
「”天帝”‼」
リザの掛け声を合図に、森の至る所から雷鳴が轟いた。イヴが上空から、”白月”を狙って雷を落としているのだ。鳥や動物の悲鳴が木霊し、風に乗って焦げたにおいが漂ってくる。
「……」
「北北西……30の3」
スミが潜ませている蟲の情報を受け、レクスも狙撃銃で追撃する。電磁力を利用した、戦争中でも指折りの性能を誇る狙撃銃にも拘わらず、これでもまだ、捉えきれていない。
「カーシャ!」
「平気さね! 自分のこと考えな!」
ジェシカ達の鞭を引きちぎりながら、カーシャがヨシュアに怒鳴る。この場面で一番危ういのは自分なのに、どうにも彼は自覚が足りない。
「……隊長さん‼」
今度はスミが声を張り上げた、”白月”がヨシュアに向かっているのだ。彼を呼んではいるが、その実ジャニに当てた叫びであった。
程もなく、緑影から”白月”が飛び出して来た。その顔を見て、初めてヨシュアは恐怖を覚えた。元から表情の読みにくい彼女であったが、今や完全なる無表情だ。さながら、帳簿の数字を管理する会計士である。
「いらっしゃ~い~」
ジャニが、ヨシュアの前に立って大きく仰け反り、指に挟んだナイフを立てた。”白月”の股間を狙った平突きを、かぎ爪よろしく巻き込んで打ち止め、そのまま組み付き、靴から出たナイフで腕を左右から襲う。
”白月”は、強引に腕を振り下ろすと折りたたんで、体ごとナイフの挟撃を避けた。覆いかぶさる動きを利用して、ジャニの腹に拳を打ち下ろす。
「あらら~」
拳が当たる刹那、ジャニの腹が裂ける。そのまま上半身は剣から離した手で、下半身は足で虫のように逃げ出した。予測のつかない動きが、『ヨットーロ』の醍醐味である。
「!」
虚を突かれて尚、”白月”は冷静だった。上空から踏みつぶしに襲ってきたイヴの攻撃を、素早く躱し再び森へ隠れる。
「ジャニ!」
「泣き別れ~泣き別れ~」
「ひっつくんじゃないです!」
上半身だけになったジャニがヨシュアに抱き着くのを見て、イヴが怒りの声をあげた。
森に向かってレクスが擲弾を撃ち込んでいるが、一発で終わらないところを見ると捉えきれていない。スミも同じだ、とにかく動きが速すぎるのだ。
「皆すまない! レクス! どうする⁉」
ヨシュアが、レクスの機械鎧の側までジャニの下半身を抱えて、背を預け槍を構える。この事態を彼が招いたのかは微妙なところだが、謝罪は忘れない。
現行、戦闘行為が不可能な隊員はまだいない。だが、いずれも先手を取られ続けていて消耗する一方、もう2,3回交戦すれば誰かが斃されそこから一気に崩れる危険性があった。とりわけ、カーシャとイヴが痛い、更にカーシャは軽いとはいえ傷を負っていた。
「……」
「レク―」
ふと、ヨシュアは花の香りで言葉を切った。予感を確かめる間もなく、その主は花弁と共に姿を現した。
「”白月”殿、アミリティ家が嫡女センリ・アミリティ! 故あってお命をいただきます!」
「なんで名乗ってるの?」
「お馬鹿さんなんでしょう……酔ってんじゃねえか?」
センリだ。作戦では、この後に『予定』されていた会合での出陣であった。だが、この騒乱にいてもたっていられず、焦りを抑えきれなくなったらしい。
「私に続きなさい! 市民兵!」
相も変わらず、実際に戦っている”特殺隊”を無視している。加えて初陣と同じく華美な鎧、腹立たしくはあったが、ヨシュアは同時に奮い立った。これで少しは戦力が拮抗したはずである。
「よ、よし! みんな、反撃―」
「来ました‼」
思わずヨシュアですら気圧されてしまうほどの大声だった、それも、スミから発せられたものである。動きが速いとヨシュアが思う間もなく、間髪入れずに、イヴが彼を抱きかかえた。
「”天帝の御遣い”‼」
眩い光が弾け、ヨシュアは意識を失った。
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