第38話 強者
ヨシュアの一番近くにいたジャニが彼の保護に向かい、他の隊員は一斉に”白月”を目指した。交渉決裂、こうなれば斃すしかないない。
”白月”の目標はリザである、迷いなく一直線に奔るのは最短距離の獲物であったからだ。
「っ! いい度胸じゃない!」
リザを囲むように、黄金の壁が地中から沸き上がった。”黄金狂時代”は、その名の通りに黄金を使役する能力である。平時の財政面ではもちろん、戦闘面でも無類の強さを発揮する、液体の如く蠢く黄金は、それ自体が灼熱の波であり、ただ被るだけ、近づくだけでも危険な代物だ。
「……」
それに対して”白月”は、黄金の壁の直前であっさり踵を返した。四方を囲まれている以上、空いている頭上からリザを攻めるのが得策ではあるが、あまりにも露骨な罠に見えていたからだ。現に、彼女がそうしていた場合他の隊員が身動きの取れない空中を襲うか、黄金の壁を先に展開し”白月”を絡めとる気であった。
「‼」
レクスの”機械鎧”による掃射も、”白月”は易々躱した。避けにくい足元を狙った銃弾を視認し、面積の大きな胴体を襲うものは剣で受け流す。言うだけなら簡単だが、この方法で凌ぐものを見たのは初めてであり、レクスは内心驚愕していた。おまけに、威力を重視した大口径である。
「お止まりなさいな!」
とはいえ、香りは躱すことも受け流すこともできない。イライジャの流した毒鳥から抽出した刺激性の香に纏わられて、”白月”の動きが一瞬鈍る。そこをカーシャの剛腕が襲った。
「しゃあっ‼」
岩、否、鉄すら砕く打撃である。ドゥーチェの昔話に登場する怪力巨人”エル・アランドラ”、その名を頂いた異名の如く、怪力無双の一撃には防御が通用しない。おまけに鈍重さとは無縁の敏捷性が、回避も困難にしている。
「っ」
「なあ⁉」
それを”白月”は頭突きで迎え撃ち、尚且つカーシャの拳まで砕いた。手の甲から、肉を破って血を纏った骨が突き出てる。
そのまま逆袈裟の一閃が腹を奔り、カーシャの腹筋に剣筋を追うように赤い傷が伸びる。精々が皮を切った程で、血もほとんど流れない。だが、絶対的な自信を誇っていた肉体に生じた久方ぶりの痛みと出血は、精神的な澱みを生み出し隙を作らせた。
斬りあげた軌道のまま、”白月”は手首を返して無防備の彼女の首を狙う。
「そこまでですわ……もらったぜ草塊頭‼」
その背後から、剣と鞭の二刀流が襲い掛かった、ジェシカとジェームズの一撃である。鞭には歯のように刃が並び、鋸の様に獲物を削り取り食い込んで捕縛し離れない。
「……」
”白月”の回避方法は、実に奇妙なものだった。あと少しで届いた刃をカーシャの首から戻し、後ろに倒れこむと同時に彼女の脛を蹴り飛ばして背中で滑り、ジェシカ達の股の間を突破した。
「え? うそですわ……そんなのありかよ⁉」
「ば、馬鹿! 何やってるさね!」
ジェシカ達の一撃は、そのままカーシャに直撃した。剣は前腕で受け止められ傷もつかず、鞭の刃は肌を通さない。だが、鞭が絡まって動きが取れなくなる時間が生じた。
素早く跳ね起きた”白月”は、剣を横に寝かせてジェシカ達の背をお返しとばかりに突こうとした。彼女らの心臓の位置は、丁度カーシャの腹の傷と同じ高さにある。心臓を貫けば、そのままカーシャの内臓も狙える同時獲りの技法だった。
「いって……!」
飛び道具、ではない。スミの放った蟲が、狂暴な羽音とともに礫の様に”白月”に飛来する。5匹も刺されれば、猛獣すら屠るという強力な毒蜂である。同時に地面からも別種の蟲を走らせている、こちらも致死性の毒種であるが、羽音を出さず忍び寄る点でより危険な、2段構えの攻撃だ。
またもあっさりと攻撃を中断し、”白月”は森へ逃げた。追跡に慣れ、地形にも有利な蟲たちが、すぐさま見失ってしまう程の早さだった。
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