第37話 戦端
ヨシュアは動揺こそすれ、怯みはしなかった。潜伏が早い段階で見抜かれる可能性は、レクスによって知らされていたからだ。”特殺隊”総出で戦術を練っても勝機の定まらない相手、この程度は想定済みだ。少々落胆はするが、なるべく刺激しないように、穏便に終わらせねばならない。
「……ああ、すまない」
「いいんですよ、1、2……8ですね。今消しますか?」
咄嗟に言葉が出ないヨシュアをよそに、隊員たちはほどよい緊張に体を慣らしていた。どれだけ強くても相手は一人で武器は剣のみ、ヨシュアの保護に一人は割かれるが、誰かに仕掛けたところに集中攻撃できれば付け入る隙があるやもしれない。隊員同士の仲間意識の低さが前提としてあるからこそとれる戦法だ。
「な、何?」
「殺してしまわないといけないでしょう?」
朝起きたなら、顔を洗うだろう? そう言いたげな口調だった。
ヨシュアは絶句できなかった、どこかで想定していた答えであったからだ。そもそも”特殺隊”の名を知っているなら当然出てくる選択肢である。連合国軍にとっては大規模な損害こそ与えていないが、着実に接近した偵察部隊、補給部隊を壊滅させている厄介者。ドゥーチェにとっても、死刑に値する罪人部隊、『ゴル村』での日々でつい麻痺してしまっているが、基本はそれなのだ。センリ隊の扱いは、ある意味で正しい接し方である。
「い、いや……」
「だってそうしないと、ヨシュアさんも巻き込まれちゃいます」
「それは……」
実際、”特殺隊”の行く末に死以外は待ち受けていない。”令印”は勿論、解除されてもドゥーチェが勝利しようと敗北を喫しようと死刑囚である、特赦が下るとは到底思えない。かといって、多くの兵を手にかけられた連合国軍が厚遇を約束するわけもない。追っ手から逃れ続ける以外の生存は、見込めない。ヨシュアとて、そうは違わない。名ばかりとは言え隊長だ、同列に扱われるのは目に見えている。
「だから、今―」
「だ、だめだ!」
自分でも驚くくらいに、大きな声だった。否定することができないからこそ、大声で誤魔化すしかなかった。
「でも―」
「お、俺は隊長だ! た、隊長がそんなこと……できるか!」
「……本当に馬鹿ね」
イライジャが呟いた、恐らくどの隊員たちの心にも同様のものがあっただろう。肯定すれば、”白月”は喜んで手を貸すだろうし、戦後の処遇も口添えができる。このまま綱渡りを続けるよりも、余程生き残る可能性が高かった。まして”特殺隊”、対内外的にも言い訳が立つはずである。
だが、ヨシュアはそれをしない。理解できていながら、これまでと同じく、出来ないのではなく、自分の意志で拒んだ。愚かで、独り善がりで、青く、そして揺るぎのない行いであった。
一層、”特殺隊”の面々に気合が入った。これだから、彼は隊長にふさわしい。
「そうですか」
「ああ……だから今夜の捕虜交換に―」
”白月”が、ゆるりと剣を抜いた。まるで力の入っていない、自然な抜刀であった。何度も、納得するように頷いている。
「おい⁉」
「可哀想に、操られてるんですね。きっとそうです」
以前に見せた、気味の悪い笑顔だった。ヨシュアの全身が、一気に総毛立つ。地雷を踏んでしまったと直感できた。
「助けてあげないといけません」
「皆‼」
”白月”が白刃を翳して、森へ躍りかかった。同時に八の影が、応じるように飛び出した。
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