第35話 別離

 『ゴル村』住民、及び連合軍捕虜との別れの宴には、ヨシュアのみが出席する運びとなった。”特殺隊”は参加を拒否したし、センリに至ってはそれどころではないと知らせなかったのだった、村人も望みはしないだろう。

 そもそも、一刻でも早く”白月”討伐に備えなければならないのにこれを”特殺隊”が許している時点で、異例の出来事なのだ。センリへの口添えにも一役買ってはいる。


「お~い、酒がないぞ」


「こっちはあてがねえ」


 別れとはいっても、避難先の洞窟への物資運搬を終えて、酒盛りをするくらいだった。村へ通ずる防空壕の通路は埋めねばならない、発見された場合の追跡を防ぐためだ。通路がなければ2日はかかる距離に加えて、この後を思えば再会の希望は無きに等しい。


「まずは畑だなあ」


「ここいらだと、豆がいいんじゃないか」


 捕虜と住民は、もうすっかり打ち解けていた。今後について話す様子を見れば、戦争中の両国民とはとても思えない。それはヨシュアに希望を与える一方、最期までドゥーチェ憎しと散っていった者たちを否が応でも思い起こさせた。分かり合える日は、来るのだろうか。


「ほらほら、飲みい」


「しけた顔せんで」


「あ、ああ」


 彼らはどこまでも逞しい、物資は節約しつつ、洞窟を拠点に新たな村の構築をすでに考えている。この酒盛りも、よく見れば足の速いものばかりが出ているし酒もそう進んではない。懸念点は次世代の育成だが、それもきっとなんとかするだろうという心強さがあった。


「まったく、結局建て直せなんだ」


「家が灰よお」


「す、すまん」


 老女の一人が、にやにやしながらヨシュアにしだれかかった。灰と化した村のことを言っているのだ。


「どうよ、こっちに来ない?」


「え?」


「おう、それがいい」


「直したりなんだりしてもらいたいねえ」


 囃すように、老女たちが口々に言った。実際、言葉半分以上のものがある。ヨシュアは善良な男だ。おまけに日常を過ごすのに役立つ技術を多数揃えていた。

 このまま戦争に戻れば、明日命を落としても不思議はないのだ。”特殺隊”やセンリはともかく、彼にはそうなってほしくない。散々こき使っておいてと言われるかもしれないが、友愛の証でもあった。息子、いや、孫のようなものだ。


「……そうはいかないんだ」


 そして、こう答えるのは分かり切っていた、それがヨシュアである。村人の気遣いはありがたいが、そうはできないのだ。死が怖い気持ちは勿論あるし、村人も気にかかる。それでも、より危険が大きい彼女らを見捨てられない。


「隊長さんよ、まあ頑張れ」


「羨ましいぞ、うん?」


「ここだけの話、あの二人はちゃんと看てやれよ?」


 捕虜たちが、盃を合わせに来た。彼らにとっては、ヨシュアは尊敬すべき男であった。現実の壁に直面し、尚も足掻き続け、あの恐るべき”特殺隊”の信頼を勝ち取った。自分たちはどうだろうか? 死を恐れて戦いから逃げ、惰眠を貪れる環境をいいことに、ただただ、のんべんだらりと過ごしていただけだ。こうして何食わぬ顔でここにいるが、決して誇れることではない。それを隠すために、人当たりを良くしようとしてきた。甲斐あって村人に受け入れられているが、果たして。


「あんたみたいなのが、ひょっとして何でもやっちまうのかもな」


 捕虜の一人の呟きは、酔った老女に覆いかぶされ介抱に夢中なヨシュアには聞こえていなかった。結局ヨシュアは、誰の真意も窺い知れないままだった。




「じゃあ、そろそろ」


「おうよお」


「またの~」


 宴もたけなわ、ヨシュアは立ち上がった。すでに大半が泥酔し、寝ている者も多かった。最期の別れにしてはやや物足りない光景だが、年寄りたちと疲れている捕虜たちに夜は酷だ。

 これで見納めかと思うと、不思議な感情が沸き上がってくる。苦労させられた記憶の方が多いのに、名残惜しい。かといって、これ以上長居はできない、そもそもが巻き込まないための避難ではなかったのか。


「……」


 隠し戸に手をかける、これで、本当に最後だ。中に入り、戻ればもう行き来できない。


「また来いよお」


 誰かの呟きだった、酩酊し、滑舌も定かではない。それは、故郷でよく聞いた文句そのものだった。平穏で、横柄で、懐かしい声だ。


「……ああ」


 返して、ヨシュアは地下防空壕の通路に降り立って、一心に走り出した。いつか必ず平和な世で戻ると、心で約束して。

 そのためにも、”特殺隊”と必ず生き残ると決意を新たにした。誇大な夢想も、悪くはない。


 







 


 

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