第33話 危機

 誰もヨシュアを責めない。

 ”特殺隊”はお互いにそういう距離感であるし、村人は相互不干渉主義だった。捕虜には多少特殊な趣味のある者もいるようだが、表立ってそれを現しはしない。

 それがヨシュアを苦しめた、思いやりで隠しているのでなく、本当に二人に対して思いやりがないのだ。”特殺隊”にしろ、村人にしろ無理もない、隊員たちは強制的にに組まされただけの間柄であるし、『ゴル村』にとっては軍人の上に脛に傷持つものばかりの疫病神である。

 良い悪いでなく、そう出来ているのだ。複雑ではない、だが2元論で割り切れるほど単純なことではない。わかってはいる、だが、割り切れない。


「……ふんっ」


 重要なのは、引き。手ごたえがあったら、すぐに捩じり引く。誰に教えてもらったのかもう思い出せないが、ヨシュアはそれを忠実に守って100回目の突きを終えた。


「……せいっ」


 次は、薙ぐ。毎日出来る限り、この鍛錬は続けていた。”継続は力なり”が、父の口癖の一つであった。それらしい格言を好んでいたのだ。

 翌朝になっても、スガワとトゥーコは眠ったままだった。ヨシュアは、戻ってきた看護役の老婆たちに休むように言い立てられ、後ろ髪引かれる思いで看護室を後にした。かといって、横になってもまんじりともできなかった。せめて無為には過ごすまいと、槍の鍛錬に繰り出したのだった。


「……」


 毒が、強くなっている。如何に鍛錬を積もうと、”特殺隊”やセンリ、”白月”らには迫ることもできない、そういう毒だ。以前からも少しはあったそれが、ここ最近より濃くなっていると実感する。


「せ―」


 槍が手から抜けて、転がった。力が全てではない、だが、ヨシュアが叶えたい願いには力が不可欠だ。


「市民兵」


 センリの声だった、ヨシュアは槍を拾い上げて、彼女に向き直った。こうして不意に声をかけられるのにも、だいぶ慣れていると内心苦笑する。


「御見苦しいところを」


 いつも通りにへりくだる。センリの汚れどころか皴一つない服を見ていると、洗濯はどうしているのかと余計なことが気になった。あの花人形がしているのだろうか。


「それはよろしいのです」


「は」


 ヨシュアは少々驚いた、内心どうせ愚痴聞きだろう、今はご免被りたいとばかり思っていたのだ。


「”白月”を発見したそうですね?」


 これは昨朝でなく、二人が負傷した夜のことを指しているとヨシュアは理解した。発破をかけるというタイプでもない、みすみす取り逃がしたことに嫌みでも言うのだろうかと彼は身構えた。


「は」


「明日中に、討ち取ってください」


「は?」


 聞き逃したのでない、理解できないわけでもない、ただ余りに現実離れした要求に無意識に反抗していた、その結果の聞き返しだった。


「明日までに、”白月”を討ち取るように言っているのです」


「し、しかし……」


 そういうことを聞いているのではない、思わず食ってかかろうとするヨシュアを、センリが手で制した。


「昨夜、首都が襲撃されました」


 変わらぬ気井の高さで、ヨシュアは言葉を続ける。芝居がかった、鼻につく話し方であった。


「わかりますね?」


 ただ声だけは、震えていた。


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