第32話 それ故に
揺り動かされて、ヨシュアは目を覚ました。視界に最初に入ってきたのは、ベッドで眠るスガワとトゥーコの姿だった。包帯の巻かれた体が痛々しいが、血色の良い顔が安心感を与えてくれてる。包帯にも血がにじんでいない。
再び揺り動かされるのを感じて、ヨシュアは目を擦り、その主に顔を向けた。
「ここは、医務室」
レクスだった。表情の伺えないその顔が、じいとヨシュアを覗き込んでいた。吸い込まれそうなほど、瞳の青が濃く深い。寝間着だった、とすると夜か早朝か。
「ああ……悪い」
記憶が蘇ってくる、”白月”ことリクシナールが去ってすぐに、スミが蟲の大群を伴って駆け付けた。ヨシュアは、すぐさまスガワとトゥーコを運んで治療に当たらせた。出来ることは少なかったが、手伝いもした。看護役の村人が床について医務室を離れてからも、ヨシュアは二人の前から動かなかった、命に別状はないと説かれても、つい先ほど埋葬した者たちが頭をよぎってしまう。
何よりも、この原因は自分にあるのだ。”白月”は、自分に会うためにやってきていた。
「両名とも骨折、動脈、臓器ともに損壊は確認されていない」
レクスが淡々と告げる、本人としてはヨシュアを慮ってのものだが、如何せん下手だった。声にそれが乗らず、冷たく機械的な台詞となってしまう。ヨシュアもわかってはいるが、拭えないものもある。心に、粘るようなもやが訪れた。
「”白月”は?」
「案じる必要なし、我々が追跡している」
「……そう、だな」
これもそうだ、レクスとしては、だから安心して休んでほしいという思いが込められているが、そう汲み取るのは難しい。お前が気にしても仕方ない、そう響いてしまう言い方だ。
「少尉は?」
「討伐を命じた後、教会で待機している」
「……レクス、ちょっとこっちに来い」
レクスは、言われるままヨシュアに歩みを進めた。ヨシュアはその髪に手を伸ばし、梳いた。僅かに身じろぎつつも、レクスはそれに身を任せた。
「ぼさぼさだな」
「身だしなみに、興味はない」
「まあ、戦争中だしな」
しばしヨシュアは、レクスの白髪を梳いた。それは、何かから逃れるためにする、手慰みの行為にも見えた。
「よし」
髪をまとめて、ヨシュアは頷く。少しはマシになったようだった。本来ならイライジャの専門分野なのだろうが、お互いにするのを良しとはしまい。それが彼女たちの関係だった。村人達は、言うまでもない。
「礼を言う」
「……レクス」
ヨシュアは、一言一言を、噛み締めるように吐き出した。
「俺って、役立たずだな」
レクスは、一瞬黙った。そして、答えた。
「けれど、それ故によし」
心の籠った、冷たい口調の慰めだった。
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