第29話 生者と死者

「ようこそ」


 教会に入ってすぐ、ヨシュアはセンリに迎えられた。今度は、部屋に籠ってはいない。教会内部も外と同じく花に覆われていて、それでいて群がる虫の類は全く見えないのが不気味であった。


「御用命は?」


 ヨシュアは、軽く頭を下げてへりくだる。とにかく普通にしていることだ、態度でばれては元も子もない。このまま頭はあげないつもりで、なるべく淡々と言葉を続けた。


「”白月”についてです」


 心臓が跳ね上がる、ヨシュアはどうにか声を震わさずにするのにひどく苦心した。万が一にも筒抜けだったら、そう思うだけで冷や汗が脇を濡らす。


「報告がありますよね?」


「……未だ発見していません、捕虜にも尋問していますがこればかりは……」


 言い終えてヨシュアは答えを待つ。腹が裂けるような緊張と同時に、誤魔化しきれるかという奇妙な熱気を感じていた。


「のんびりですね」


 穏やかな言葉と裏腹に、少しも変わらない高慢な芝居がかった声でセンリは綴る。きっと立ち振る舞いも変わっていまい、彼女はどこまでも『貴族』であった。

 ヨシュアは安堵の声を漏らしそうになって、慌てて口を塞いだ。どうやら先程のことは微塵も知らないようだ。


「不甲斐なく申し開きもありません」


「よく私の前に立てますこと」


 恐らくは、鬱々とした内を発散したいのだろう。立場を考えれば無理もない、現存兵力で”白月”たちを討ち取らねばならぬばかりか、仮に果たせても麾下の兵の殆どを喪っているという醜態は隠せない。

 彼女の味方は今や、身動きとれぬ負傷兵二人だけだ。外相を崩さないのは流石だったが、内心焦燥仕切っているに違いない。花で教会を覆っているのも、自己防衛のつもりだろう。


「これでは、あなたの指揮能力にも疑問を持たざるを得ません」


「は」


 嫌みを聞き流しながら、ヨシュアは思案する。センリの”令印”をどうにか奪取さえできれば、”特殺隊”の皆を逃がすことができる。村人や捕虜、負傷兵二人もだが、彼らと彼女らはまた置かれた状況が違っていた。


「そもそも、規律を良しと―」


 考えが一巡すると、彼はふと顔を上げる。目の前には、変らず貴意高く佇む少女ががいた。生殺与奪権を握り、相も変わらぬ傲岸さ、負傷兵二人の事を聞こうともしない態度、昨晩の独白が事実だとしても、到底好意的に受け取れるものではない。家柄や国家など、”特殺隊”の面々は、鼻で笑うだろう。


「アミリティ家では―」


 そんなセンリも、助けたかった。ヨシュアの悪い癖だ、散々嫌った相手でも、いざ目の前で困窮していれば放ってはおけなかった。安堵した何も知らないという状況が、滑稽さを通り越して哀れに思えた。


 どうしたものか。


 ”特殺隊”を”令印”から解放し、『ゴル村』と捕虜を”白月”を筆頭とする連合軍から守り、センリの名誉を与えて国に戻し、戦争を終わらせ故郷へ戻る。

 最良の結果へ至るには、針の穴で輪潜りをするようなものだった。




「あら、お戻りに……遅えんだよ」


「悪かった……それで、どうした?」


 教会を出ると、ジェシカだけでなく、スガワとトゥーコもいた。新顔の二人は、まだ真っすぐにこちらを見なかった。

 ヨシュアは苦笑する、今となっては二人の態度も、我を張っていた自分も馬鹿々々しい。センリに憐れみを覚えたところというのもあるのかもしれない。


「あ、あのよ……」


「わ、わたしたち……」


「もう気にしてないさ」


「あら隊長さん、”人斬り与太”も”臆病兎”も……あんたが思ってるような殊勝なタマじゃねえさ」


 けたけたと嗤うジェシカを、スガワが睨んだ。刀に伸びる手を、ヨシュアは慌てて制する。


「て、手伝おうと思ったんです」


「ああ、確かにな。向こうに運んだり色々あるもんな、悪い悪い」


「そっちじゃねえ」


 スガワがヨシュアを遮る。


「墓堀りだ」


「墓?」


 センリ隊の埋葬は済んだとばかり思っていたが、そういえば参っていないことにヨシュアは思い至った。死者は丁重に扱わなければいけない。


「そうか、じゃあ早速」


「あ、隊長さんまず運ばないと」


「え? 野ざらしにしてるのか?」


「何言ってんだよ」


 スガワが、戸惑ったようにヨシュアを見た。ジェシカが呆れたように手を叩く、嚙み合わない子供同士の言い合いを仲裁する、母親のような仕草だった。


「全く困った方たちですわね……脳みそ置いてきてんのかよ、ぎゃはは!」


「何だジェシカ?」


「隊長さんはまだ知らないでしょうに……新しい死体が出たんだよ! 足のないなあ!」




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