第27話 帰還
ヨシュアがそれを把握するのにかかった時間は、本人の体感とは裏腹に僅かなものだった。”特殺隊”との任務の数々が、彼にも図太さを与えていたのだ。
「……! レクス! レクス⁉」
彼が最初にとった行動は、レクスを呼ぶことだった。間を置かずに、レクス以下の面々が姿を現す。名を呼ばれなかった隊員は、一様に不満げな表情を浮かべ、同時に、ヨシュアの無事を表に出しこそしないが喜んでもいた。
「なんだあれは? どうなってる? ”異能”は? 今日の天気は?」
「落ち着くべき」
強襲用”機械鎧”から降りて、レクスはヨシュアを宥める。主を失っても、”機械鎧”は自動操縦で周囲の警戒を続けていた。他隊員も、警戒は怠っていない、逃走とみせかけての奇襲もまだまだあり得るのだ。
「いや、しかし……」
だがヨシュアのそれは、隊員たちのものとは違う。交渉のはずなのに、何が起こったのか当の本人が把握できていないのだ。声の印象についての問答に終始しただけでは、何のために秘密裏に会合を開いたのか。
「くどくど言いなさんな!」
「あぐっ⁉」
カーシャから気付けの一発を背中にもらい、ヨシュアは花の床に倒れこんだ。そのまま花を口に入れてしまい、酷くむせる。
「おっと、すまんすまん!」
カーシャがすかさずヨシュアを抱き起こし、背中をさすった。落ち着かせるつもりだったが、どうにも力加減が難しい。それでも力が強すぎて、ヨシュアは殴られているのと同等の衝撃を受け続けなければならなかった。
「隊長さんに何をするんです”アランドラ”、イヴは怒りますよ」
ヨシュアの窮地を救ったのは、空から降り立ったイヴだった。”異能”で姿を変えており、ふわりと着地して花が衣装に舞う。カーシャからヨシュアを引き離すと、元の幼女の姿に戻るのだった。
「”天帝”、”白月”はどうしたのよ?」
「見失いました、イヴでも追いきれなかったのです」
「私の蟲さんも……速い」
レクスは思案する、スミの蟲もイヴでも追いきれないのだとすると、追跡は不可能である。暗殺の常套手段である、日常を襲う選択肢がこれで難しくなってしまった。見つかるのを覚悟でいけばまた違うかもしれないが、それでは意味がない。
「あたた……」
「大丈夫ですか、隊長さん」
「ああ……”白月”ってのは、声を変える”異能”なのかな?」
「馬鹿ね、それだけで”五色彩”になれるわけないじゃない」
ヨシュアの予測をリザが貶す、彼女の見立てでは、今去った時のよう高速で行動できる”異能”は確実にあるはずである。無論ヨシュアが言うように声色を変えられる可能性もあるが、それが”異能”かどうかは判別できず、重要事項でもない。
「周囲に兵士の気配なし、自信過剰の面が見受けられる」
「案外、隊ってほどの規模じゃないのかもしれないわね。他の”五色彩”がどうだかわからないから、何とも言いようがないけど」
「貴族を使って本部に問い合わせられない?」
自分たちで問い合わせてもまともに相手にされる可能性は低い、センリを使えば情報が引き出せるのではとリザは提案する。
「情報があるか……わからないです。それに、少尉を……警戒させるかも」
「馬鹿ね、聞き方があるのよ聞き方が」
「おい、お前たちだけで話さないでくれよ」
ヨシュアは痛む背中をさすりながら苦言を呈した、ついていけない自分が情けないが、説明してもらわねばならない。なまじ頭が良い分、この3人は自分たちだけで完結してしまうきらいがある。
「後で教えてあげるわよ。それより今は戻らないと、あの貴族に怪しまれるわよ」
「隊長、引き続き交渉を任せる」
「ま、またやるのか……」
レクスの指示なら、従わなければいけない。我を張ってみても、正しいのは彼女なのだから。それでも、確認しておきたいことがあった。
「なあ、あの人ジャニみたいってことはないか?」
要は、狂人の類である。”特殺隊”がまともかと言われると定かでないが、意思疎通ができる範囲であるかそうでないかは重要だ。
「精査中」
「そ、そうか……」
「心配するなって! あたしらがそん時は助けるさね!」
ヨシュアはすっかりと気落ちした、話が通じなければ交渉も何もない。また一つ、悩み事が増えてしまった。そしていまさらになって、股間の痛みが引いていることに気づいた。
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