第26話 嵐の如く
一体どうなる? それが二人を見守っている”特殺隊”の総意だった。交渉内容云々の前の問題だ、ヨシュアに任せたうえで、注視しているしかない。暗殺についても諦めてはない、だが、”白月”はその隙を全く見せなかった。
レクスは、己の読みの甘さを悔いる。一度戦いその力を警戒していたはずだったが、想像をはるかに超えていた。綿密に練った攻撃陣でも勝機が覚束ないと言うことは、実力差がそれだけ大きいという証である。他の隊員に関してもその思いは同じだった、一対一ではまるで戦いにならないと改めて認識した。
「正直に、言ってください」
「う~んと……」
そんな彼女たちの戦慄を他所に、ヨシュアと”白月”は凡そこの場に似つかわしくない話題を中心にしている。そもそも声についてなど、どうでもいいはずなのに、”白月”は妙に真剣に絡んでくる。
ヨシュアは弱っていた、”白月”の兜と人形、どちらを見て話せばいいのだろうか。ひょっとして、人形が本体なのではないかとも推理する。”異能”には俄かには信じられないようなものも多いと聞いている。
「私の声、変ですか?」
「変って言うより、見た目と合ってないんだと思うぞ……あ、いや私は思う」
すでに彼女のしゃべり方は、気の弱そうなそれであった。声色が威厳に満ちたものであるだけに、違和感が半端ではない。
ヨシュアは思わず普段通りの言葉遣いに戻ってしまい、慌てて修正する。非公式の会合とは言え、礼節を弁えなければいけない。そしていったい自分が何を言っているのかが分からなくなってきた。そもそも”白月”の見た目に合う声があるのだろうか。
「……合ってない?」
「あ、ああ、そうだ。私はそう思った」
こうなっては、ヨシュアはもうそれを通すしかない、早くこの話題を終わらせて、交渉を元に戻さなければ。
”白月”は、人形を一度気を失なわせたように倒すと、また起き上がらせた。ヨシュアはこれを何かの仕切り直しだと推理したが、それは当たっている。彼女の故郷の人形劇においては、場面展開の際の、眠りとそれからの覚醒を意味する所作である。
「……こ、これだとどうですか?」
今度の人形からの声は女性のものであった、ただし、非常に幼い女児のそれだ。舌っ足らずで甲高く、甘く、むず痒いような声であった。イヴのそれに近い、ただ彼女の場合は、それほど幼くも見えず、男性の声とはまた別の違和感が発生していた。
リザとカーシャとイライジャが、吹き出しそうになって慌ててこらえた。
「……個性的な声と見受けるが、前よりは相応しく思う」
もうヨシュアには、言葉遣いを気にするしかできない。何が起きているのか、さっぱりわからず、ただ思ったことをそのまま伝えるのが一番だと判断していた。そもそも声に相応しいという分類があるのだろうか。
「ほ、本当ですか? へ、変じゃないですか?」
”白月”の声に、喜色が混じる。ヨシュアは、その食いつきの強さに驚きつつも、
”白月”の態度がすっかり柔らかくなっていることに、活路を見出した。このまま上機嫌にさせれば、有利に交渉できるかもしれない。
「や、やはり外見に似合わないと思うが、自然に……き、聞こえる……と思う」
「そうですか……」
2,3度頷くと、”白月”はふいに、ヨシュアに背を向けた。ヨシュアは焦った、まさか機嫌を損ねたのかと。
慌てて何かを言おうとしたヨシュアだったが、”白月”はそれを人形に嵌められていない方の手を翳して遮った。
「本当に、変じゃないですか?」
「ああ……い、いや、そのように。ついては―」
ヨシュアは、漸く訪れるはずの、肝心な取引についての話題を切り出せなかった。続きの言葉を紡ぐ前に、”白月”は影も形もなく消え去っていたのだ。後には、舞い散った花びらだけが漂っていた。
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