第24話 一対一
「で、なんで俺を?」
「あんたが一人でやったって、知ってるんでしょ。”異能”か何かで」
「貴族連中は全滅したと思ってるか、あえて無視してるかね」
「好都合、兵の姿もなし」
「それが不気味なのよ、”恥ずべき貴人(ノーヴル)”」
レクスがリザを睨む、ヨシュアと”特殺隊”は、森の中を行軍している最中であった。迷路の如き木々を通り抜け目指すは、”白月”の待つ『面談場』だ、スガワとトゥーコ、ジャニ、ジェシカは女軍人の見張りとセンリへの牽制で地下防空壕に残っている。
「……皆、近くにいてくれるんだよな?」
「心配……ないです」
「しっかりしな! 男さね!」
カーシャに背を叩かれ、ヨシュアはよろめき転ばぬように踏ん張らねばならなかった。相手は連合軍最強部隊”五色彩”の頂点”白月”だ、それそのもへの恐怖と、結果如何によっては、村を巻き込む大惨事を招くという重圧が、彼の心に圧し掛かる。安寧を求めるように、槍を握る手に力が籠った。股間は、相変わらず痛む。
一対一の面談にあたって、”特殺隊”の面々が近くで待機していることをレクスは条件につけた、仮に”白月”が了承しなかったとしてもそうするつもりだった。戦闘が勃発した時は勿論のこと、隙を見ての暗殺も視野に入れていたのだ。”令印”をセンリに握られている以上、”白月”の命は解除のための格好の交換材料である。彼女の目的は、ヨシュアに仕込んだ蟲により筒抜けだ、家名大事なあの様子では尻尾を振って飛びつくだろう。イヴはすでに『天帝』へと変身し空から見張り、スミには即死毒を持った蟲を配置させていた、他の隊員にも万全の準備をさせ、自身の”機械鎧”も配備してある。出来ればイライジャの尋問で女軍人から情報を引き出しておきたかったが、時間がなかった、センリの手前、大っぴらに動けなかったことを考慮しても、完璧に近い運びだとレクスは思っていた。
問題は、ヨシュアである。隊員たち、いや、レクス自身も含めて、いざそうなった時、最初にヨシュアの安全確保のために動くだろう。”令印”奪取はおろか、”白月”相手に命取りである。巻き添えを覚悟で仕掛けるべきだと理解できているのに、ヨシュアの救助を念頭に考えてしまっているのだ。
何故『そうする』のかと問われても、恐らく誰も答えられない。悪名高く、人非人と罵られ、畜生以下と蔑まれる酷薄さと怜悧さのおかげで生き残ってきたのだ。犯した罪も、殺めた命にも何の感慨も持っていない。
その悪党達が、この男のために身を呈しようとしている。稀有な善良ではある、だが、命を賭けるに値するかと言われると、間髪を入れずに否定せざるを得ない。それなのに、なんとも不思議で、奇妙な心地よさがあった。
「ほら、嗅ぎなさい」
「あ、ああ……うん、落ち着く……」
イライジャの施した”沈静香(サイレ・アロム)”が、ヨシュアの緊張を幾ばくか解く。鎮静効果があるが、あまり強すぎると耄碌状態になる恐れがある。
「ふう」
ヨシュアはどうにか腹を括る、ここまでくるとあとはやるかやらないかだ、案ずるよりも生むが易し。だが、その前にもう一度だけ確認をしたい。
「レクス」
「捕虜解放の条件は”白月”の提示があってから、決定はその場では不可能、上官の了承がいる由を」
「……よし」
「あくまでこれは初回、以降も念頭に入れ踏み込む必要なし」
「おう」
打ち合わせが終わるのと、散会地点に到達するのは殆ど同時だった。ここから先は、もうヨシュアしか行けない。
「皆、無理するなよ」
ヨシュアの言葉に応えずに、全員が無言で散った。無視したのではない、自身も煩慮の極みにありながら、絞り出したヨシュアの思いやりが途方もなく眩しかったのだ。配置に向かう間、誰にも見られないことを確信してから、彼女たちは一様に緩んだ笑みを浮かべるのだった。
土壌の問題か、木の生えていないヨシュアの自室程の広さの空間である。おかげで、木々にさえぎられることなく陽光がまっすぐに降り注ぎ、花が咲き乱れている。会合に向いているかは定かではないが、気持ちのいい場所だった。命を賭さねばならない状況でなければ、もっと堪能できただろう。
「お、……お待たせした」
ヨシュアは、成る丈小さく深呼吸をし、頭を下げて、花を踏まぬように気を払いながらその陽光の中に立ち入った。
「……」
”白月”が、佇んでいた。
心臓が早鐘のように高鳴るのを感じたヨシュアは、より強く槍を握りこむ。塞がりかけていた掌の傷が開き、血が掌中から零れ、柄を伝ってゆっくりと花に垂れた。股間の痛みは、さらに増している。
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