第23話 交渉依頼

 ノックの音で目を覚ました。殺風景で狭く、ベッドのみの部屋ではあるが、ヨシュアにも個室が用意されている。彼本人は固辞したのだが、村人と捕虜、”特殺隊”の面々が強引に誂えたのだ。

 本音を言うと、ヨシュアは生まれてから自分の部屋を持ったことがない、故郷では家の狭さから、徴兵されてからは軍隊生活には無縁の代物だ。皆は、いつものヨシュアの遠慮と思っていたが、何のことはない、戸惑っていただけだった。


「う~」


 頭に外的と内的二つの痛みが木霊し、相変わらず股間も痛む、ヨシュアは記憶を必死に探った。


「そうか……」


 なんのことはなかった、昨晩センリを訪ねたあとにカーシャやイライジャを誘って酒盛りをしたのだ。初めて酒を呑んで以来、旨いと思ったことは一度もないが、我を忘れさせてくれるという素晴らしい効能がある。

 丁度、そんな気分だった、女軍人と言いセンリと言い、悩事が詰まりすぎていた。気分を晴らしたい時もあるのだ。


「隊長」


「ああ、入ってくれ」


 レクスが、顔を顰めながら部屋に入ってきた。ヨシュアは気づいていないが、酒の匂いが部屋に充満しているのだ。


「……」


 非難めいた眼を、レクスがヨシュアに投げかける。華奢な体躯に透き通るように白い肌と青い吊り目が、この世のものならざぬ、冷たい妖しさを漂わせていた。無造作に伸ばされた腰まである白い髪は、カンテラの光に照らされて絹のように輝いていた。


「おう、おはよう……どうした?」


「報告が一点、先程”白月”から接触があった」


「なに⁉」


 俄かに酔いが覚める、少しでも頭の靄を払おうと、ヨシュアは強く顔を叩いた。水があれば飲みたかったが、あいにく転がっていない。


「というか……朝か⁉ 今⁉」


 レクスが静かに頷く。

 どうやら相当酩酊していたらしい、時間の感覚が全く定まっていなかった。早起きに関しては人後に落ちないと自負していたヨシュアだが、人生初の寝坊だった。


「もうじき昼になる」


「す、すまん!」


 慌ててヨシュアは服を着た、お飾りとは言え、曲がりなりにも指揮官がこの有様では格好がつかない。レクスはそれをただじっと見て、待っていた。


「で……で、どうなったんだ?」


「捕虜の解放について通告があった、条件によっては譲歩もやぶさかでないと」


「おお」

 

 話し合いの余地のある相手ということだった、ヨシュアは勿論”特殺隊”も、避けられる戦いならそうせぬ理由がない。


「その上で少尉の動向が気になる、内密に進めたいが、露呈すれば”令印”執行の口実となる」


「……そんなことは、させない」


 口調のわりに覇気なくヨシュアが言う、昨晩の一件で、どうしてもセンリに肩入れしてしまう自分がいるのだ。レクスの言うように、内密に進めた結果がヨシュアにとっても最良のもので、一番穏便なのは間違いない。

 だが、そうなればセンリは、その家はどうなるのだろう、風前の灯のドゥーチェとは言え、貴族には貴族の事情があるようだ。かといって、”特殺隊”も死なせたくない、村人も捕虜も無事でいてほしい、まさに彼方立てれば此方が立たずであった。

 つくづく、自分の性分が恨めしい。


「隊長」


「! わ、悪い……何でもない」


 ヨシュアは、嘘をつくのも誤魔化すのも下手だった。レクスは彼の心の内を機敏に感じ取ったが、ひとまずこの場は触れまいと決めた。これから話すことで、十分すぎるほど彼が混乱するのは目に見えている、それ以上の負荷をかけたくなかった。


「ついては、面談を求めている」


「ま、そうだな。お前とイライジャ……リザにもいてほしいな」


「……それは叶わない」


「ん?」


「”白月”は、隊長と一対一の面談を求めている」



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