第22話 貴族たれば
ヨシュアとスミは、夕食を携えて廃墟と化した『ゴル村』の中、教会へと歩を進めていた。顔見がてら、センリの様子を探ろうと言うのである、ついでに今後についても話し合う必要があった。
村全体を静寂が包み込み、闇の中に残骸が横たえているのは不気味なものである。地下に皆がいると知らなければ尚更だ、それを知っているヨシュアでさえ、あれほど転がっていた死体が影も形がないことに別種の恐怖を感じている。建物の損壊を除けば、村はそれ以前と何も変わりはないのだ。
スミは不服であった、地下生活の混乱に乗じて、他隊員の目を盗んでヨシュアと二人きりで過ごそうとしていたのに、本人はよりによってあの貴族に会いに行くという。彼の善性に惹かれているものの、時たまそれが恨めしい。
「私は……待ってます」
「そうか」
到着し、教会の前で座り込んだスミに、ヨシュアもそれ以上言わなかった。自分の我がままに、これ以上付き合わせるのも気が引ける。何よりセンリ達は、自分以上に”特殺隊”を見下している節があった、スミは勿論レクスを誘わなかったのは、いずれ公式な話し合いをする前に少しでも歩み寄りを示しておこうという思惑からだった。
「少尉殿?」
きしむ扉を押して、ヨシュアは教会に足を踏み入れた。焦げと煤が目立つものの、教会の内部は、驚くほど平時そのままだった。これなら物資も残っていておかしくない、センリが普通に生活していても不思議はないとヨシュアは思った。だが、貴族は身の回りの世話は全て従者に任せているはずである、なぜ一人きりでやっていけてるのかという別の疑問も浮かんできた。緊張から疼きだした股間に、知らず手が伸びる。
「どなた?」
最奥の居住室から、センリが姿を現した。ここでヨシュアの疑問は氷解する、扉を開けたのは、花で形作られた人形だったのだ。本人としては何も不思議のないことなのだろうが、ヨシュアにはそれが異様に見えた。
「どうしました、ヨシュア市民兵」
「あ……」
ヨシュアは慌てて持ってきた夕食を近くの台に置いた、せめて手渡すべきかと思い直す暇もなく、花人形がそれを手に取るとセンリの元に戻った。イライジャの香とはまた違った甘い香りが、ほのかに漂っていた。
「それは?」
「あ、夕食がまだと思いまして……」
「……感謝します」
センリのその言葉が額面通りでないことは、花人形が手に持っているそれに一瞥もくれないことで理解できた。何より、来訪者である自分に近づこうともしない、自室にしているらしきその部屋の前にただ佇んでいた。
この時点でヨシュアは、半ばあきらめていた、価値観が違いすぎるのだ、話し合ってどうにかできるかもという希望がみるみる萎んでいく。
「御二方は、療養中です。お命に別状はないかと思われます」
「対応に感謝します」
「……御落命された皆様は、丁重に葬らせていただきました……」
「感謝します」
センリはどこまでも淡々と答えた、曲がりなりにも指揮下で死なせた多くの兵士と、目の前で足を切断された二人に対する感情は伺えない。まして後者は生きているのに、状態の一つも聞かなかった。腹立たしい思いをさせられた記憶しかないのに、どうにも胸糞が悪い。
「427小隊の皆さんに伝えてください、”白月”捜索を続行するとともに、速やかに討ち取るように」
ヨシュアは思わず拳を強く握った、こみ上げる怒りを必死に抑える。
「……私たちだけでは荷が重いです。せめて増援の申請をいただけますと―」
「増援は呼べません。……私の手に”令印”があるとお忘れなきよう」
掌に鈍い痛みをヨシュアは感じた。握りこんだ拳の爪が、肉に食い込んでしまったのだった。今なら、イライジャの『事故』に賛成してしまいそうだった、有難いことに、おかげで股間の痛みも然程気にはならなかったが。
「……かしこまりました」
ヨシュアは素早く踵を返した、扉がすぐ近くにあることが有難い、一刻も早く立ち去らなければ爆発しそうだった。
「ヨシュア市民兵」
かけられた声に応えるか、飛び出してしまうか一瞬迷った。そのおかげで、金縛りにあったかのように続く言葉を聞かねばならなかった。
「私、アミリティ家の名誉を背負って来ています。”白月”を討ち取れば誉ですが、損ないましたら恥辱、いえ、家門の存続も危ぶまれます」
ヨシュアは、揺るぎそうな心を必死に落ち着かせた。騙されてはいけない、勝手な理屈だ、全て勝手な理屈だ。自分を悲劇の主人公のように装っているが、ふざけた見栄でしかない。ドゥーチェの滅亡は、火を見るよりも明らかである。仮に存続できたとして、余程の権力と根回しがなければ、国家の体現のような政府上層部や貴族が生き残れるはずもない。
だから、俺の心よ、揺らがないでくれ。ヨシュアはそう言い聞かせるしかなかった。振り返れない、振り返ってみたその顔が言葉通りのものを称えていたら、自分は簡単に靡いてしまう。
「共に参りました我が兵達、幼少からの者たちばかりです。それが斃れた時点で、私の名誉は著しく汚されています。与えられたものでの完璧な勝利だけが、課せられているのですから」
「……俺には関係ない」
「そうでしょう、ですが私には関係しかないのです。かくなる上、”白月”を討ち取る以外に道はありません、何としてもです。増援は出せません、真実も伝えられません、彼らは”白月”との戦いで名誉ある戦死を遂げたのです。二人は……いずれ自ら死を選ぶでしょう」
「それを口に出せるあんたはまともじゃない……‼ 声も震えない、表情も変えない、信用できる訳がない……‼」
「貴族たればこそ、です」
その言葉を最後に、ドアが閉まる音が響いた。
ヨシュアは、金縛りが解けたかのように大きく息を吐いて、背を壁に預ける。ようやく振り向けた先には、しんと静まり返る講堂が広がるのみだった。
「……」
壁に軽く頭を打ち付ける、詭弁だ、誤魔化しだ、”異能”を使っていたのかもしれない。ヨシュアは必死に心に生まれた想いを消そうと、待ちくたびれたスミが入ってきて止めるまで、頭を打ち続けた。
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