第21話 特異点

 勾留室を出たヨシュアは、センリと別れ負傷兵の置かれている臨時医務室へ向かった。状態が気になったというのもあるが、女軍人の言葉で味わった無力感を、自身が救い出した彼らを見て少しでも紛らわせようというさもしい根性からだった。


「おんやあ、隊長さん」


「ああ」


 最低限の医療器具は並んでいるものの、どこに何があるかは配置したものにも把握できていないような乱雑な部屋だった。”特殺隊”で医療系の知識があるのは、スミとレクスのみである、他に使う者がいないからということらしいが、それでも見栄えは良くなかった。

 看護員というよりも、茶と菓子で井戸端会議の様相を見せている村人たちを尻目に、ベッドに眠る二人の負傷兵を覗き込んだヨシュアは、彼らが眠っていることに気づいて軽く失望を憶えた。同時に、覚醒していたとして自分に礼を言うかどうかわからないと気づき、また深く己を恥じるのだった。そっと、股間を抑える。


「……少尉は来たか?」


「少尉?」


「あの気取った嬢ちゃんのことじゃないかい」


「ああ、貴族ってのはどうにも気に食わないねえ」


「でもあの髪は羨ましいよ、食べてるもんが違うんだねえ」


「何言ってんだい、あたしたちだってまだまだ捨てたもんじゃないよ」


「来たのか?」


 彼女らにかかれば、これで2日はしゃべり続けているだろう。ヨシュアはそうならないように、話を切り上げさせた。腹が立つとはいえ、村人からも身内からも気にかけられていない彼らが哀れだった。


「いんや」


「そうか……」


 ヨシュアの心に、先ほどとはまた違った嫌なものが満ち始めた。センリは女軍人を拘束した後、焼け残った教会の自室に立てこもって一切の接触をしてこなかった。食事は取っているらしいが、一体何をしているのかがわからず不気味だった。鼻持ちならない娘だが、無視するのも気が引ける。それに、部下が全滅しているのに見せたあの芝居がかった態度から、今後も何か騒動を起こすのではと懸念もある。

 その実、蟲による監視は引き続き行われているが、大きな動きはないためレクスは放置していた。悪意があるわけではないが、知らぬはヨシュアばかりなのである。知れば必ず止めるようにしつこく言ってくるからだ。


「隊長さん……いた」


「おう、スミ」


 スミ・ナウシカ、通称『虫愛ずる姫(フェノミナ)』。幼少から多種の蟲を使役する能力を持っており、家族を含む故郷の村の人間を寄生蟲で操り王国を築いた。 

 罪状、殺人、誘拐、国家反逆罪、器物破損。


 老女たちがざわついた、ヨシュアは別として、”特殺隊”と村人たちの関係は良好とは言えない。

 実際彼女たちは悪名高き殺人鬼であり、村に利益をもたらしているのはヨシュアに命令されているからだけだ、本来なら見向きもしないだろう。村人たちもそれを敏感に感じ取っていた、ヨシュアを別にすれば、示す感謝は表面的なものに留まっている。そもそも前大戦中から、軍の狼藉を肌身で感じて来た世代である、兵士で死刑囚である彼女らに易々と気は許していなかった。

 とは言え、それを露骨に、特にヨシュアの前では示さなかった。お互い踏み込みすぎていないこともあるが、この奇特で善良な青年の為にもと奇妙な協調関係が築かれていたのだった。


「夕飯の時間……食べよう」


「もうそんな時間か……」


 ふと、ヨシュアは己の思い付きに手を叩いた。股間の痛みが、少しだけ和らいだ。

 

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