第20話 ドゥーチェ人に死を

 会議の後、女軍人の拘留室へ足を運んだレクスとヨシュア、ジャニをスガワとトゥーコが出迎える。正確には、ジャニは足を運んでいない、ヨシュアに引っ付いたまま離れないのでそのまま連れてきただけだ。

 

「あー……気にしてないからな」


「お、おう」


「あうう……」


 我ながら空虚な言葉だと、ヨシュアは自嘲する。いざこうして二人を前にすると、焔の壁で分断されて置き去りにされた光景を思い出してしまった。あの時点で彼女たちにできることは何もない、責める資格など自分にないと分かっていても、それをそのままで出せるとは限らない。ストレスからか、股間がズキズキと痛んでくる。

 スガワとトゥーコにも負い目がある、あのまま二人は逃亡を選び本隊への合流を選んだ。勿論ヨシュア救助のための増援を呼ぶためであるが、その気であれば、焔の壁を迂回するなりでヨシュアの援護が出来たはずであった。スガワはそれを野生の勘による生存本能から、トゥーコは臆病さから行わなかった。ヨシュア以前の担当指揮官には平然と行ってきたそれが、彼相手となると妙に気が咎めた。望みどおりに生き残ったのに、それまでのように開き直ることができなかった。


「これがあ、捕虜?」


 そんな重い空気の中、ジャニは勝手気ままにヨシュアの体から降りると、女軍人にまじまじと顔を近づけた。

 彼女は今、両腕を体に巻き付ける形で固定され、油を滲みこませた縄で椅子に座らされ拘束されていた。”異能”を使って脱走するのを防ぐためである、身を焦がしてでも縄を焼き切ろうとすれば、忽ち火達磨になるという寸法だ。ヨシュアの頭突きで腫れあがった顔が痛々しい。


「ふふ~ん」


 ジャニが、ナイフの腹で女軍人の頬を軽く叩いた。女軍人は僅かも表情を変えずに、ジャニの仮面の奥に覗く瞳をじっと覗き込んでいる。ジャニは笑い……仮面が笑み以外の表情を形作ることはなかったが、吟味する場所を首に変えた。


「ジャニ、やめろ」


 不満げにしつつも、ジャニはナイフを引くと部屋を出た。命令こそ聞くが、何を考えているのか何をするのか、ほとほと読めない娘だった。

 ヨシュアは咳ばらいを一つして、女軍人に向き直る。元々の目的は尋問だ、それを済ませなければならない。こうして目の前に立つと、余計に股間が疼く。


「悪かった……その、色々と」


「貴公は現在慮囚の身、氏名と所属階級の開示を。また”白月”及び配下の兵力の詳細も明かすべき」


 レクスの淡々とした要求に、女軍人は答えなかった。どこまでも不遜、そして燃えるような瞳でヨシュア達を見据えていた。


「答えてくれないか? 名前と階級位は知っておかないと」


 ヨシュアはあくまで優しく問いかけた。本心からの願いだが、レクスの指示により尋問者と理解者のうちの後者の担当でもある、苛烈な攻め手の一方で、慈悲深い理解者がいればそちらに心を許しやすくなる。最初に無茶な要求を課すのも、2度目の妥協に応じやすい下地を作るためだ。


「……」


 女軍人は、黙して語らない。レクスは内心、女軍人が口を割らないだろうと確信している。精鋭部隊の一員ともなれば、尋問への対策訓練は積んでいるはずである、精神に働きかける”異能”の持ち主が連合軍にいるなら、防護策が施されていても何の不思議もない。同種のイライジャに任せるのが、時間はかかるが一番効率的だ。

 だが、それはヨシュアのこれが終わってからである。この愚直な隊長は、あくまで真っ当な手段で情報を聞き出そうとしているのだ。時間の無駄、阿呆の考え何とやらである。だが、レクスはそれを嘲ろうと思わなかった、彼はそれを理解した上で尚、足掻いているからだ。


「……わかった、食事も用足しもさせるけど、それは外せないぞ」


「貴様は屑ではないだろう」


 ヨシュアが尋問を打ち切ろうとしたとき、女軍人が初めて口を開いた。


「だが、ドゥーチェ人だ」


 憎しみに理由はいらず、終わりもない。『ボロイヤ戦争』後の占領下で、ソイボンがドゥーチェに下した蛮行は許されるものではない。だがその後、『シャソワール大戦』でドゥーチェがソイボンに行った報復は、許されるのだろうか。

 正当なる復讐の名のもとに、壊し、奪い、殺し、犯した。犠牲となったのは、皮肉にも自身がされた時のように、殆どが蛮行と関係のない市井の人々だった。そしてそれは周辺国へと広がっていき、連合軍を生み出したのだ。今やドゥーチェが、かつてのソイボン、否それ以上の巨悪となっていた。悪の末路はただ一つ、皆に願われる破滅だけだ。


「……ああ」


 ヨシュアは、そう絞り出すのがやっとだった。


地獄に堕ちろドゥーチェ人。


 どこからか、名も知らぬ兵士の怨嗟の言葉が聞こえてくるようだった。皆の前で切った啖呵が、ひどくちっぽけなものに思えて来た。

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