第18話 帰還
「ほれ、金玉にはこれが効くぞえ」
「わ、わかったからそう大声で言わないでくれよ」
地下防空壕の一室で、ヨシュアはにやにや笑う老女たちからぬらぬらしたものを赤面しながら受け取った。一見して何かを判別するのは難しい、生き物のようでもあるが植物にも見える。
今や地下防空壕は人でごった返している、寒村とは言え、住民全員に捕虜までいるのだから当然だ。結論から言うと、村人はもちろん捕虜にも一人の被害もなかった。女軍人の襲撃に際し、皆一斉に地下防空壕に逃げ込むと、食糧にも資産にも目もくれず、出口である山中の洞窟目指してひたすらに逃げた。洞窟に隠れ、動向を見守っていて程なく、ヨシュアの命令でスミの飛ばした蟲が彼らを発見し村への帰還が叶った。驚いたことに、捕虜も全員が戻ってきていた。厳しい軍隊に戻るよりも、捕虜のままのほうが得だという考えらしい、今やレクスの指示で物資の半分を洞窟へ運搬するのを手伝っている。
ヨシュアは彼らの無事を喜ぶ半面、やりきれない思いもあった。無理な話だが、センリ隊の兵士たちも助けられたかもしれないのだ。勿論、ヨシュアは彼らを嫌っているし、地下防空壕の事を教えていたら、自分たちだけで逃げ村人たちを盾にするかもしれなかった、否きっとそうしていただろう。
それでも、少しばかりは彼らを悼む気持ちを持っている自分が、ヨシュアは良くわからない。ふと、父を思った、彼なら果たしてどう言うだろうか?
「っつ……」
「ピリッとするだろが我慢しい、治ってる証拠だよお」
鼻に当てた、軟膏を擦りこませた包帯が滲み、思わず押さえたヨシュアに老婆が叱る様に言った。ヨシュアの手当ては、村人が買って出たのだ。
”特殺隊”にはやるべきことが多い、偵察に女軍人の監視と尋問、感染症を防ぐためのセンリ隊の死体処理、ヨシュアはそちらを済ませてから皆に集合するように命じた。負ったのは痛む傷だが、致命傷ではない。他に負傷した兵士2名に集中して欲しかったが、強引に手当てをするといって聞かなかった。
「……ごめん、俺のせいで」
その最中、思わずヨシュアの口から懺悔がついて出た。村は崩壊している、辛うじて協会は焼け残ったが、防空壕での生活を余儀なくされるだろう。
「おう、だから直してな!」
「あたしはもっと大きい家がいいねえ!」
「あたしは水浴び場が欲しいよ! 湯が出るね!」
ヨシュアは思わず苦笑する、故郷が焼けたというのに村人たちは非常に逞しく厚かましい。そもそもヨシュアのせいという訳でもない、強いて言うならセンリの管轄下だったし、それも戦争中ならナンセンスな定義だった。お前がそれならこっちはこれだ、いやこうだ、建て替えの際の我がままを張り合っている彼らを見ていると、その強かさがヨシュアには救いになった。
「隊長」
「おっ」
ぞろぞろと、”特殺隊”の面々が戻ってきた。無傷という訳にはいかなかったようだが、特に大きな外傷は見られなかった。流石にスガワとトゥーコはバツが悪そうだったが。
「今後任務に支障の出る損壊なし」
「そうか……」
ヨシュアは、安堵から優しく微笑んだ。
「みんな、無事で何よりだ」
「当然の結果」
「な~んともな~い」
「えっへん、なのです」
「はっ、あんたと違ってやわじゃないのさ!」
「お風呂に入りたいですわ……返り血で下着までぐっちょりだからよお!」
「弱いのにでしゃばるんじゃないわよ」
「あーその……すまんかった」
「だから『事故』にしとけばよかったのよ」
「あうう……」
「遅くてごめんなさい……ごめんなさい」
多種多様な返答だった。ただ一個の共通点があるとすれば、皆顔を赤らめそっぽを向いて、照れを隠しているというところだ。
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