第17話 捨て身
ヨシュアは兵士とともに身を隠していた瓦礫の陰から顔を出し、センリと女軍人の戦いを観察する。
「くう!」
センリが唇に指をあてそっと拭くと、そこから花弁が舞った。見る見る周囲を埋め尽くし、女軍人もろとも包み込む。ヨシュアにも、風に乗って甘い香りが漂ってきた。
(あれがあいつの”異能”か)
ヨシュアが内心で呟くと同時に、その花弁は一瞬の内に燃え上って灰と消えた。剣を寝かせ、突撃の体勢をとっていたセンリは悔しそうに顔を歪めて距離を取り、女軍人が撃ち込んでくる火球をいなした。
(馬鹿じゃないんだな)
”特殺隊”面々との経験から、おそらくセンリの”異能”は花弁を使った幻惑や支援の類だとヨシュアは予測する。女軍人の焔とは如何にも相性が悪い、下手をすれば利用されかねないものだ。それを承知でセンリは立ち回っていたのだとすれば、目も当てられないほどの愚か者ではなさそうだった。花弁に紛れての不意打ちは、女軍人の火力で無為になってしまったが。
「こ、この! 恥をお知りに―」
「……」
「っ‼」
いなし損ねた火球の飛沫がセンリの顔を掠める。愚かでないとはいえ、状況を覆せるほどの頭もなさそうだ。女軍人はすでにセンリの動きを完全に見切っていた、ほとんど動くことなく彼女を翻弄し、確実に体力を削っている。センリはいずれ回避が鈍って捉えられるだろう、逃げるべきなのだが、あの矜持の高さを考えればそれはなさそうだった。
センリがある意味での囮になってくれている一方で、連携は期待できそうにない。ヨシュアは一人でなんとかしなければいけないのだった。”特殺隊”は何故か来てくれない、足止めを食らっているのか? 仮にスガワかトゥーコが知らせてくれていても、いつ来るかわからない援軍を当てにしていてはセンリが死んでしまう。
「よし……」
ヨシュアは深く呼吸を一つすると、身をかがめ息を止めて槍を片手に全速力で飛び出した。時間との勝負だ、不意をついた一瞬でもってしなければ、彼に女軍人に勝てる可能性は微塵もない。
「⁉」
初めにセンリが、センリの表情で背を向けていた女軍人が気づく。ヨシュアは気づくべくもないが、彼女は『やはり来たか』というような笑みを浮かべていた。
「……」
女軍人はそのままヨシュアを見ずに、片手で複数の火球を撃ち込んだ。当てずっぽうの狙いの不正確さを、数で補うつもりだった。
ヨシュアはそれを躱さない、否、躱す必要がなかった。身を屈めて被弾面積を小さくしていることと、狙撃でないことが幸いし、火球は彼に熱すら感じさせないほど大きく外れて、虚空へ飛んで行った。
「……」
女軍人は振り向かずともヨシュアのそれがわかっていた、目の前のセンリの表情が逐一状況を知らせてくれている。数でダメならば広さで攻める、先ほどヨシュアとスガワたちを分断したように、炎の壁で防げばいい。単なる一般兵であるが、その覇気に中々油断できないと彼女はみなしていた。
「はい、パス」
ヨシュアの取った行動は、槍を投げるだけだった。それならば、女軍人でも予想はついた、炎の壁は間に合わないので火球で撃ち落とすか炎鞭で焼き切るか、躱すかしかないので振り向く必要はあるが、センリとの距離は十分とってあるので脅威にはならない。だが、その槍は刃を向けているわけでもなければ正確に飛んできているわけでもなく、横のままただ単に女軍人に向かって緩やかに飛んできているだけだった。
「え?」
一瞬、ほんの一瞬の戸惑いが勝負を分けた。火球と炎鞭では、細かく燃える破片となってこちらに降り注ぐかもしれない。受け止めてもほぼダメージはないが、かといってわざわざそうする理由もない。数歩後ろに下がるのが、一番無駄がない。最善手である、だが、それを導くのにかかる時間が緩やかな槍の速さによって増していた。
「おらっ‼」
「ぐう⁉」
ヨシュアは、女軍人の腰に飛びついて引き倒し、両手を掴んで仰向けになった彼女の顔の真横で抑え込んだ。背中に槍が当たって転がり、からからと音を立てる。高い軌道の槍のおかげで、ヨシュアの体当たりは成功したのだ。
「‼」
「うぶう⁉」
股間を、女軍人の膝蹴りが直撃する。ヨシュアはこみ上げる吐き気と湧き上がる涙を必死にこらえ、その膝を足で巻き取り、2度目を防ぐとともに腕の力を緩めないように腐心した。女軍人は体勢を入れ替えようと足掻くが、体重と力で勝るヨシュアはそれをさせなかった。
痛みの涙と、力を込めていることで真っ赤なヨシュアの顔に、笑みが浮かんだ。睨んだ通り、女軍人は焔を扱うときに掌を介さなければならないようだった。証拠に、自分の顔を掌が向いている今焔を使ってこない。
「しっ‼」
「あがっ‼」
女軍人が、首を跳ね上げてヨシュアの顔面に頭突きを見舞った。大きくのけ反り、鼻血を流しつつヨシュアは女軍人の手首に込める力だけは緩めなかった。
「この!」
「ぐっ‼」
お互い動かせるのは頭だけ、壮絶な頭突き合戦が始まった。互いに顔を腫らし、血を吐き出す。女軍人も鍛えているとはいえ、ヨシュアには力では敵わない。
「ふん!」
何度目かのヨシュアの頭突きで、ついに女軍人は反撃してこなくなった。白目を剥き、血だらけの彼女の顔に確認の一発を叩きこみ、反応がないことを確認すると漸く彼女から降りた。ゆっくりしてはいられない、深呼吸一つで呼吸を整えると、手を後ろ手に縛りにかかる。
「隊長さん……」
「隠れてなさいよバカ!」
スミとリザの声に反応して、ヨシュアは振り返る。遠くから、蟲に乗ったスミと黄金の波に乗ったリザが向かっていた。
ヨシュアは格好良くポーズを取ろうとしたが、股間の痛みが再来し、内股のまま情けない格好で手を上げるのが精いっぱいだった。
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