第15話 対峙

 ヨシュアは、なぜ不意討ちをしないのだと怒鳴りたかった。卑怯という言葉はまやかしだ、自身は生き延び敵は死ぬ、その結果以外には何の意味もない。


「よく耐えましたね、もう大丈夫ですよ」


 そんなヨシュアの神経を逆なでするように、センリの慈愛がかった声が降り注ぐ。彼女にしてみれば騎士道精神のつもりなのだろう、凛々しい顔つきは、絶好の見せ場を得た役者のそれだった。


(なんなんだこいつは?)


 ヨシュアは内心戦慄していた。この状況からみてセンリ隊が奇襲を受けたことは間違いない、なのになぜ彼女はこうも落ち着いていられるのか。仮にも指揮官、躯と化している部下は軽く見積もって7割、すでに部隊は完全に崩壊しているのにそれを毛ほども感じさせていないのだ。


「センリ様が貴様ごとき下賤のものを助けてくださるぞ! ありがたく思え!」


「そのような言葉遣いはいけません、ヨシュア市民兵の救助にいってください」


「はっ!」


 芝居がった動きで、センリに命じられるまま兵士たちがヨシュアに向かって走った。センリ自身は女軍人に微笑みを送る、人道的措置に無粋は無用という彼女なりの不文律、女軍人も当然守るはずという微笑みだ。この後は、お互い恨みっこなしの正々堂々の決闘でも行うつもりだろう。


「っ馬鹿……野郎! 来る……な!」


 焔の壁の発する熱気に肺を焼かれて咳き込みながらも、ヨシュアは必死に叫ぶ。そんな甘い考えが通じる相手ではない、格好の的だ。にも拘らず、兵士たちは無視して彼に迫る。顔には子馬鹿にしたような軽侮の笑みが浮んでいた、下劣な市民兵が虫けらのような意地を張っていると言わんばかりだ。ヨシュアの頭に瞬時に血が上る、余程槍を投げつけてやろうかと思った。


「……」


「う……」


 ヨシュアの怒りを冷ましたのは、目の端で捉えた女軍人の動きだった。彼女はスガワにした時と同じように顎に手をやってから、掌の先の火球を熱線の鞭へと変えた。軽やかに手首を廻し、蛇の如きしなりで走った焔鞭は、駆ける兵士たちの膝から下を容易く焼き切った。


「?」


 そのまま支えを失い倒れた兵士たちは、起き上がろうとし足がないことに気づいて、キョトンとした顔で焼け焦げた切断面を見る。一瞬の上、傷口が焼き切れ出血も少ない、ショックと現状把握の遅れで痛みを感じていないのだ。

 ヨシュアはそれを先んじて理解し、懐から鎮痛薬を手に忍ばせる。この後凄まじい痛みと混乱が彼らに襲い掛かるはずだった、落ち着かせないとそのまま逝ってしまう。言いたいことは色々あるが、まずは生き延びてからだ。


「え?」


「ぼさっとするな! 来るぞ!」


 阿呆のように棒立ちしていたセンリが、ヨシュアの叱責と女軍人が飛ばした火球でようやく我に返り、慌てて火球を剣で受け流した。ヨシュアは少しだけ安堵する、センリは少なくともスガワ程の腕があるようだった。これならまだ勝負の行方はわからない。


「……」


 女軍人が、一瞬だけセンリに目をやった。賞賛と、好奇心の混じった瞳だった。

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