第14話 焔の女

「し、”白月”か⁉」


「に、逃げましょうよ!」


 慌ててヨシュアは槍を、トゥーコが悲鳴を上げながら二丁拳銃を構える。何故人相をよく聞いておかなかったという後悔と、果たしてそこまでレクスたちにもわかるのだろうかという疑問が頭の中に渦巻いた。


「刀の錆だあ!」


 スガワにそれはない、愛刀の試し斬りの相手が目の前に現れてくれただけだ。鞘から抜き出した刀身を光らせながら、奇声を発して女軍人に襲い掛かった。


「……」


 女軍人は僅かに眉を顰めると、犬のごとく突っ込んでくるスガワに手をかざした。掌に火の粉が集まり形作られた小さな火球が、”与太者”に向かって空を切り裂き疾走する。


「よっと!」


 スガワはそれを居合の一振りによって両断した。真っ二つに分かれた火球は、そのまま弾け火飛沫を散らして消える。


「へっ、歯ごたえがないな!」


 女軍人は一考するように顎に手を当てると、両手を翳した。数十個の火球が一挙に彼女の周囲に浮かび上がる。


「あ」


 スガワは素早く踵を返すと、ヨシュアたちへ向かって走り出した。教養も頭もないが、危機察知能力にかけては人語に堕ちないことを自負している、死んでしまっては新しい刀を打てないし試し斬りもできないのだ。


「なにしてるんですかあ⁉」


「うるせえ!」


「逃げろ!」


 ヨシュア、スガワ、トゥーコの3人が降り注ぐ火球の雨の中を並んでひた走る。幸い狙いは正確でないようで当たりこそしないが、火の粉で熱を感じ吸い込む空気が灰を焼く。咳き込んだヨシュアはどうしても一歩遅れてしまっていた。


「うわっ!」


 突如行く手に炎の壁があがり、そのままヨシュアは二人と分断される。通り抜けも飛び越えも不可能だろう。両脇には民家の瓦礫が山積み、背後からは女軍人が悠々迫っていた。


「何やってんだよドジ!」


「すまん、先にいってくれ」


「そんなことできません~!」


「もうちょっと近くで言ってほしかったぞ!」


 トゥーコは全く走る速度を緩めなかった、すでに遠くに背が見えるだけだ。スガワも少しだけ躊躇を見せたが、背を向けて走り出す。ヨシュアはその光景に若干傷つきながら、女軍人を迎えるべく振り返った。


「惨めだな」


 迫る女軍人が冷ややかに言い放った。こうして間近で見ると中々の美人である、切り揃えた赤髪は寸分の乱れもなく、規律を体現しているかのようだった。化粧気のない凛々しい顔に備わった目は、冗談など言おうものなら矢のような眼光でその主を射貫くだろう。腕章は位を現しているはずだが、ヨシュアには詳細にそれがどれほどの地位を意味しているかわからなかった。連合軍には国によって階級章が異なるのだ。


「ああ」


 ヨシュアは腹を括って槍を構えた。勝てるとは到底思えず逃げることもできない、死の恐怖もある、しかし彼は立ち向かわざるを得なかった。その間に、一人でも逃げてくれる者がいるかもしれないからだ。無謀さも恐怖も併せ持ち理解したうえで”そうする”のが、ヨシュアである。


「……ひ、一つ聞いていいか?」


「なんだ」


「村……兵隊じゃない人たちも殺したか?」


「……貴様らドゥーチェ兵以外は見ていない」


 ヨシュアは思わず安堵の息を吐きそうになり、慌てて息を止める。目の前の女軍人の言葉が事実なら、彼らは無事逃げおおせているはずであった、感づかれるとまずい。槍をしっかり握り女軍人の胴体に狙いを定める、頭や急所は狙おうとしても狙えるものではない、胴体を何度も突き刺せと習いそうしてきた。


「少しは骨があるようだな」


 幾分柔らかい口調で女軍人が呟いた、奇襲もあったとはいえセンリ隊はろくな抵抗もできずに斃れていき、正直言うと物足りなかったのだ。戦わず、逃げまどい命乞いをする獲物など吐き気がする。まともに攻撃態勢を取ったのはヨシュアが初めてだった。

 ヨシュアも腰を落として半身に構える、少しでも被弾面積を少なくして―


「そこまでです!」


 勝ち誇るような、高慢な高い声だった。最初に気づいたのはヨシュアである、女軍人の後ろに兵士を数名従えたセンリが立っていたのだ。側近の兵士が差し出した剣を鞘から抜き、外連味たっぷりに女軍人へ突き出した。


 


 

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