第12話 奇襲

 ヨシュアは槍を構え前方を払いながら進む。物音を立てるのは良いことではないが、こうすれば蛇や野生動物にこちらの存在を示せ安全に進めると習ったからだ。


「んだよ情けねえ」


 随歩していたスガワが呆れた声を上げる。へっぴり腰のヨシュアと比べると、実に堂々と落ち着いていた。というよりも、緊迫感がまるでない。


「し、仕方ないじゃないですか」


「それはそうだがくっつかないでくれ、歩きにくいぞ」


 ほとんど抱きつかんばかりに自分に密着しているトゥーコをヨシュアが窘める。と、槍で払った草むらがごそごそと蠢いた。トゥーコが情けない悲鳴と共にヨシュアの背中に飛びつく。出てきたのは飛べない種類の小鳥の親子、ヨシュアたちを見て慌てて茂みに逃げ戻る。


「“臆病兎”」


 スガワがトゥーコを嘲るように言い捨てた。トゥーコもヨシュアに負ぶわれたままで反論する。


「リ、“人斬り与太”に言われたくありませんよお」


「喧嘩するなって、それと降りろ」


 ヨシュアは再び槍で進行方向を払いつつ、こうなった不愉快ないきさつを思い出す。センリ隊到着の翌早朝、ヨシュアは偵察任務を命令された。“白月”を見つけるまで帰還は許可しないというふざけた内容だ。一人だけ呼び出したのはならず者の“特殺隊”を自分たちの生活圏内に踏み込ませたくないので、後は自分で伝えろと言うことだろう。反抗すれば容赦はしないとご丁寧に“令印”をちらつかされた、センリに至っては姿すら現さなかった。面通しもこのまませずに済ませるつもりらしい。

 ヨシュアはもう腹も立たない、それならそれで一刻でも早く戻りたかった。義務的に命令を受諾し、帰路にそれとなく村人と捕虜の様子を探ってみたが、特に危害は加えられておらず安心した。というよりも放置状態にあり、無関心が幸いしたかたちであった。ただ、それでも事故的に遭遇した者たちは一様に鼻持ちならない連中だとセンリ隊への嫌悪を露にしていた。

 なるべく穏便に済ますようにと言い含め、ヨシュアは不満たらたらの“特殺隊”を説き伏せて偵察へと出発した。当然のごとく見送りはない、一応報告に教会を訪れたヨシュアに迷惑顔で応対した兵士は、彼をぞんざいに門前で払った。中からは気取った宮廷音楽が聞こえてきて談笑の声が流れていた。


「た、隊長さん?」


「あっ……すまない」


 トゥーコの呼びかけでヨシュアは我に返る、レクスの指示により、散会し偵察をしている最中だった。ヨシュアに割り当てられる隊員はその都度順番で決められており、今回は”人斬り与太”スガワと”腰抜け二丁拳銃”トゥーコであった。最も、どこであろうと必ずスミの蟲とリザの金粉で見守られていたが。


「だ、大丈夫ですか?」


「ぼうっとしてたな」


 ヨシュアは自分を心配そうにのぞき込むトゥーコをまじまじと見た。縄のような三つ編みに眼鏡、そばかすの目立つ田舎から都に出てきたばかりの野暮ったい女を体現するようなこの娘が、故郷の村人を皆殺しにした凶手とは今でも信じられない。彼女に限らず、間近でその”異能”を見ていても、こうして接していると―


「うわっ⁉」


 地響きのような爆発音、間髪入れず2度目が走り木々から鳥が飛び立った。あちこちで慌てふためく動物たちのざわめきが森を騒がせる。


「なあ、今のって村の方じゃないか?」


 ヨシュアの言葉を肯定するかのように3度目が来た。間違いなく『ゴル村』の方角である。


「あっちに試し斬りがいるな!」


 スガワが嬉々として走り出す。


「待て!」


「あ、危ないですよ」


 慌ててヨシュアはスガワを追って、トゥーコが続いた。


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