第11話 『事故』を起こそう

「ただい―」

「お帰り」


 民家に入ったヨシュアを老女がにやにやしながら出迎える、ヨシュアは赤面を誤魔化すために咳ばらいをして厳めしい顔を造った。故郷と似ている『ゴル村』の家に入るとつい口に出てしまうセリフである、”特殺隊”の面々にもからかわれどうにか直そうと努力はしているが中々果たせない。


「さ、待ってるよ」

「ああ」


 老女は床下格納室の床戸を指さした、ヨシュアは精一杯威厳を保ちつつそこへ身を納める。漬物の匂いの染みついた狭い部屋、そのさらに下へと降りる梯子がある。前大戦時代の遺物である、村全体に張り巡らされた地下防空壕は今や“特殺隊”の住処へと姿を変えていた。カンテラで照らされた薄暗い地下道では、教会と同じく各個人が好き勝手に部屋を作っているのだ。


「よっと」

「レディの部屋に不作法じゃない?」

「! 来ると思ってたから驚かないぞ」


 新たな本拠地に降り立ったヨシュアを、イライジャが壁に寄りかかりつつ煙管片手に眺めていた。褐色の肌とひとまとめにした紫の髪、口元を隠した踊り子と占い師を合わせたような扇情的な衣装は場違いさを彼女自身の妖しい魅力で強引に抑え込んでいる印象があった。地下道ということも相まって、纏っている香がより強く香る。

 

「“援軍”はどうだった?」

「……別に普通だ」


 妖艶な笑みだった。イライジャはヨシュアを惑わすように人差し指を心臓に向けて指す。お見通し、そういっているのだ。占い師として、政治家、貴族、犯罪王、有象無象の魑魅魍魎を手玉にとった彼女に隠し事など出来はしない。


「言ったとおりにしてよかった。でしょ?」


 教会、というよりも村全体の物資は大部分が地下防空壕に移されていた。ヨシュアの反対で少尉の部隊がしばらくやりくりする程度は残していあるが、彼女らは当初そのすべてを移動させる予定であった。首脳部から送られてきた正規部隊がならず者たちに物資を分け与えるはずがない、自分たちの分を確保する必要があるという理由からだ。ヨシュアも渋々ながらそれを承知した、本音は恐らく戦火を渡したくないというだけなのだろうが、確かに補給なしでは戦えない。

 教会に置いてある分はセンリ隊はもちろん自分たちに村人捕虜も含めてのものだ、わざわざ分けて配置し用途も書き込んである。だが彼らはそれを平然と無視し、全てを自分たちで使う素振りを隠そうともしなかった。無論、彼らには補給部隊が定期的にやってくる、にも拘わらず今後略奪鹵獲の際はその都度報告の義務があり、分配の決定権もこちらにあると連絡役を任されたらしい最初の兵士は高圧的に言い放った。

 

「私たちと向こう、どっちがまっとうかしらね?」


 ヨシュアは答えない、わかりきっているからだ。それでもセンリ隊に食って掛からなかったのは、あまりの事に怒りを通り越し呆れたからである。兵士になってから数限りなく直面した不条理に反抗してきたが、ここまでのことは初体験だった。


「ねえ、『事故』が起きそうじゃない?」

 

 ふと、強い香が鼻をくすぐりヨシュアは我に返る。すぐ隣でいつの間にか佇んでいたイライジャが耳元で甘く囁いた。彼女が示唆しているのは、センリ少尉たちの排除である。ヨシュアも”特殺隊”経歴は知っている、ヨシュアが来るまでに多くの上官が『事故』で不幸な結末を迎えていた。当然彼女たちはヨシュアとセンリ隊のやりとりを把握している、そのうえで持ち掛けているのだ。

 正直な気持ちを言えば、ヨシュアは『それ』を命じたかった。そう遠くなくセンリ隊が自分たちや捕虜や村人により理不尽な仕打ちをするだろうと確信している。そうなる前に手を打てばいい、彼女たちは嬉々として鮮やかな手並みを披露するだろう。


「……だ、だめだ」


 だが、ヨシュアは命令を下せない。きっと正しいのだろう、皆のためなのだろう、だが同じ立場に立たされたら父はこう言う。


 誠心誠意、腹を割って話したらわかってくれる。


 ヨシュアはそれを守りたい、自分でも愚かな理想論とは思うが命の危機に直面するその時までは貫くつもりだ。


「そう」


「わっ?」


 イライジャはヨシュアの耳を軽く突くと、背を向け歩き出した。


「他のが待ってるわ。宥めるのも面倒よ、来て」


「あ、ああ」


 ヨシュアは慌てて後に続く。香に混じって鼻をくすぐる温かな匂いがあった、夕食の時間だ。


「イライジャ」


「何?」


「……ごめんな」


 イライジャはほんの一瞬だけ立ち止まる。


「……ばかなんだから」


 本心からの、言葉だった。

 


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